「AI需要は本物か」という問いは、SKハイニックスの決算を待つまでもなく、市場がすでに答えを出している。7月13日にソウルで起きたことは、その命題の否定ではない。ポジションの事故だ。

その日、韓国総合株価指数(KOSPI)は前日比 -8.95% の 6,806.93 で引けた。寄りは 7,412、場中は 6,783 まで沈んだ。午後1時28分、韓国取引所は年内7回目、史上13回目のサーキットブレーカーを発動した。SKハイニックスは 15% 超下げて 184.5万ウォン、サムスン電子は 10.7% 安の 25.4万ウォンで終えた。需給は割れている。外国人と機関が合わせて約 3.9兆ウォン(約4200億円)を売り越し、個人が約 3兆8800億ウォン(ほぼ同額)を買い越した。個人はナンピンで受けたのである。

事故はこの一日で終わらなかった。翌14日は +0.73%、15日は +6.24% と戻したが、16日はふたたび -6.37% の 6,820.60。サーキットブレーカー級の下げが一週間に二度出た。6月22日の終値ピーク 9,114 からみれば、13日の底は 25% 下にある。決算でも金利でもマクロでもない値動きが、五営業日でこれだけ振れた。

強制フローの問いは単純だ。いま誰が、どちらの方向に、動かざるをえないのか。そしてそれは変わったのか。13日の買い手を数えると、答えははっきりする。ナンピンする個人、日中に往復する外国人。価格に関係なく買わねばならない者はいない。買い手はすべて裁量だった。だから決算が良くても二日で崩れ、崩れても誰もナイフを掴みに来ない。

この局面で唯一、機械的に動く主体が単一銘柄レバレッジETFである。5月27日に上場したこの商品は、有価証券市場での時価総額比重10%以上・売買代金比重5%以上という要件を満たすサムスン電子とSKハイニックスだけを基礎資産に許された。結果、二銘柄を追う16本がひしめくことになった。16本の時価総額は上場時の 4.4兆ウォンから6月26日の 14.9兆ウォンへ膨らみ、暴落を経た7月15日には 11.9兆ウォンへ縮んだ。個人の純買いは上場以来の累計で約 13兆8000億ウォン(約1兆5000億円)、同期間のKOSPI個人買いの約18%にあたる。同じ時期にコスダックからは約 2.4兆ウォンが抜けた。資金はコスダックを離れ、二銘柄のレバレッジへ移ったのだ。二銘柄がKOSPIに占める比重は、5月末の49%から7月15日の52%へ上がった。指数の半分が、いまや二つのメモリ銘柄で動く。

商品構造が強制を生む。基礎資産の日次リターンの2倍を維持するには、運用会社と流動性供給者が上昇局面で買い増し、下落局面で売り増さねばならない。引け前後に、機械的に。韓国のセルサイドはこれをロング・ショート・ガンマと呼んだ。順方向にしか働かない増幅で、しかも指数の半分を占める二銘柄に乗っている。相場が動くほど、ETFが引け際にその動きを増幅する。

ここで通説を一つ落とす必要がある。13日の変動を信用取引の強制決済(反対売買)のせいだとする見方が広がった。だが一次データはそう語らない。受渡不足に伴う13日の反対売買は 262億ウォン(約28億円)にとどまり、寄り前後の同時気配に集中していた。まとまった強制決済はむしろ暴落前の9〜10日に出ており、9日だけで1,422億ウォンだった。8.95%下げた13日当日ではない。場中のボラを主導するには小さすぎ、タイミングもずれている。強制フローの本番は反対売買ではなく、ETFの日次リバランスのほうにある。個人がレバレッジとインバースを一日に二十数回も往復した超短期売買は、回転率上位10銘柄の半分を占めたが、これは裁量のノイズだ。値幅は広げるが、誰も強制されていない。

整理すればこうなる。強制されているのはETFの日次リバランスであり、それは順方向に増幅する。日付の入った強制がもう一つある。8月5日から委託保証金が現金 3000万ウォン(約320万円)に引き上げられ、8月19日には代用証券が算入から外れる。株や債券をいくら持っていても、現金 3000万ウォンがなければ新規も買い増しもできない。ナンピンで支えてきた限界の買い手が、現金の壁に当たる。積めない投資家は強制的にデレバレッジされる。残りはすべて裁量だ。強制の買い手がいない以上、待っても下値が自動で固まることはない。

分水嶺は7月29日にある。SKハイニックスの第2四半期決算だ。市場予想は営業利益 約64.8兆ウォン(約7兆円)、営業利益率76%台。70兆ウォンに届けば利益率は約83%に達する。第1四半期の 37.6兆ウォン(約4兆円)、72% をさらに上回る水準である。だが数字は問題の半分でしかない。26年から27年の利益まで、株価はすでに織り込んでいる。韓国のセルサイド自身が、好決算がかえって出尽くしとなり売られる展開を警戒している。効くのは、実績値そのものより第3四半期のガイダンスだ。広帯域メモリ(HBM)と汎用DRAMの、どちらを語るか。SKハイニックスは、最先端のHBMと、市況を映す汎用メモリを一社に併せ持つ。炭鉱のカナリヤが鳴くとすれば、それはこのガイダンスでだ。

ボラティリティはソウルにとどまらなかった。金融委員会は今回の規制を、韓国上場のETFにとどめず、海外上場の単一銘柄レバレッジ商品にまで広げている。世界の半導体株の値動きが互いに連動を強めた、というのが当局の判断だ。根拠として並べた変動性の一覧がわかりやすい。5月26日から7月10日の日次変動率を年率に直すと、サンディスク 131%、マイクロン 123%、キオクシア 118%、SKハイニックス 113%、サムスン電子 96%。日本のキオクシアは、マイクロンとSKハイニックスのあいだに位置する。韓国の当局が自国の投資家保護のために引いた線の内側に、東京のメモリ株が入っているということだ。キオクシアはもはや日本の一銘柄ではなく、世界の半導体がひとまとまりで揺れる、その一部として動いている。

数字も同じ方向を指す。単一銘柄レバレッジが走った期間の日次リターンで測ると、キオクシアはKOSPIと 0.82 で連動し、米国の半導体ETF(SOXX)とは 0.51 にとどまった。キオクシアとKOSPIは同じ6月22日にピークをつけている。KOSPIがメモリの代理指標として機能するのは、その半分が二銘柄だからだ。日本のメモリは、米半導体全体よりも韓国のメモリと歩調を合わせていた。日本経済新聞も、日経平均がKOSPIとの連動性を強めていると書いている。

もっとも、連動の描き方には正直さがいる。7月17日の日経平均は -4.03% の 64,141円で引け、週間の下げ幅 4,416円は過去最大を記録した。場中は 4,130円 安まで沈んだ。だがこの日の直接の引き金は、前夜のSOXX -4.46%(16日)と、キオクシア自身への巨額の賠償評決が報じられたことによるストップ安である。韓国からその日のうちに機械的に波及したわけではない。日本に伝わったのは個々の値動きではなく、変動の大きい地合いのほうだ。

そして、日本の読者にとっての強制フローの核心はここにある。増幅の仕掛けは韓国だけのものだ、と思いたくなる。キオクシアやアドバンテストを2倍で追う単一銘柄レバレッジETFは、韓国が5月27日に導入した形では日本にないからだ。だが、それは仕組みを狭く見すぎている。日本も同じレバレッジを積んでいる。個別銘柄にではなく、指数に、である。

日経平均は225銘柄の株価加重で、値がさ株ほど1円あたりの寄与が大きい。6月末の公式ファクトシートでは技術セクターが 58.85% を占め、アドバンテスト 11.14%、東京エレクトロン 11.07% の2銘柄だけで 22.21%、ソフトバンクグループとキオクシアまで含めると 32% に達する。信越化学やTDK、イビデンを足せば4割に近い。日経が株価加重ゆえに一握りのAI・半導体銘柄で動く構造は、本ブログの別稿(前稿)でも指摘した。この指数に、日経平均レバレッジ型のETFが乗る。2倍の日次追随ゆえに、引け際、上げれば買い増し、下げれば売り増す。それを225先物で機械的にこなす。韓国のロング・ショート・ガンマと同じ仕掛けが、指数の側で働く。指数の6割が技術株で、上位2割を半導体2社が占めるのだから、この増幅も結局は同じAI半導体に効く。アドバンテストが動けば指数が動き、225先物や裁定の売買も、また同じ数銘柄に向かう。17日には前場だけで、アドバンテスト1銘柄が日経を 772円 押し下げた。

もう一つの層は信用買い残だ。東証の信用買い残(制度+一般)は6月26日申込時点で 7兆167億円と、統計のある1994年以降で初めて7兆円を超えた。前週比の増加 5,410億円 のうち、6割をキオクシア1銘柄が占める。キオクシアの信用倍率は約22倍という極端な買い長で、信用買いの平均単価は過去最高にある。個人が従来より高い価格で借金買いを積んだということであり、日本経済新聞はこれを下落への脆さと表現した。ブルームバーグは7月3日、株安が強まれば持ち高が一気に解消されかねないと警告していた。実際には、過熱は暴落を待つまでもなかった。買い残は6月26日をピークに2週連続で減り、7月10日には 6兆7322億円 まで戻していた。そこへ13日の韓国、16日と17日のキオクシアが重なる。キオクシアは16日に 15% 安、17日にストップ安、6月ピークからの下落率は半値を割った。同じ17日には、キオクシア株を保有してきた米ベインキャピタルが持ち分をすべて売却したことも伝わっている。裁量の資金が引き、レバレッジをかけた個人が残る。韓国のETFガンマが上げにも下げにも切れ目なく効くのに対し、日本の信用は表に出ないまま、下げのときだけ効く。上げ局面では強制は生じない。買いはあくまで裁量のレバレッジだ。下げてはじめて追証から反対売買への連鎖が動きだす。取引所が日々公表銘柄に指定し、委託保証金率の引き上げへ進めば、もう一段の強制が加わる。

だからソウルと東京の違いは、増幅の仕掛けがあるかないか、ではない。どちらも同じメモリ銘柄に、相場を追う向きのレバレッジを積み上げた。韓国は個別銘柄に、日本は指数に、である。ただ日経は6割が技術株で、3分の1を数銘柄が占める。指数に賭けることは、ほとんどその数銘柄に賭けることに等しい。韓国は露骨に、日本は結果として、同じ形にたどり着いた。ねじれはもう一段深い。信用の山は、両市場が抱えている。韓国も信用融資が34.8兆ウォン(約3.7兆円)積み上がるが、日本の信用買い残7兆円はそれを上回り、しかも直近の増加分の6割が1銘柄に、過去最高値で偏る。潜在的な売り圧は、日本のほうが大きく、そして濃い。

では、日本の投資家にとっての答えは何か。強制の買い手はどこにもいない。ナンピンする個人も、日中に往復する個人も、裁量だ。だから先のAIインフラ銘柄と同じで、下値を機械的に支える買いは入らない。だが強制の売り手のほうは、潜んでいる。キオクシアの信用の山は、株価がさらに落ちれば追証で崩れる。足元にあるのは、支えの床ではなく落とし戸だ。日付は二つある。29日のSKハイニックスは、HBMの値付けがなお通用するかを、第3四半期のガイダンス、すなわちカナリヤで示す。31日のキオクシア自身の決算がそれに続く。決算はその問いに答える。だが下値がどこかは、教えてくれない。支える床はなく、あるのは落とし戸だからだ。

方向としては、韓国メモリ発の変動は、日本のAI・半導体関連へ、連れ安・連れ高として繰り返し伝わる公算が大きい。ただ日本には自前のレバレッジ、指数のガンマと信用の山があるため、外から来た変動は吸収されるだけでなく、日本の中で増幅されうる。強制フローは、もはやソウルだけのものではない。本稿が扱うのはセクターの方向までで、銘柄の選別も、どれだけ張るかも、読者自身が決めることだ。本稿は投資助言ではない。


本稿の数値は韓国取引所、金融委員会、日本取引所グループ・東京証券取引所、日経平均株価の月次ファクトシート(6月末時点)、日本経済新聞・株探・ブルームバーグ、FnGuide、および筆者が集計した日次終値に基づく。SKハイニックスの第2四半期予想はFnGuide集計のコンセンサス。ウォンの円換算は1円=約9.4ウォンで概算。ブルームバーグの記事は有料。四半期の確定値は7月29日のSKハイニックスおよび7月31日のキオクシアの開示による。

玉露