99の銀行と縮む日本

秋田県の人口は年1.91%のペースで減っている。住民の4割以上が65歳以上だ。2050年には今の6割まで縮む見通しがある。 この県に銀行がいくつあるかは、あまり話題にならない。 日本には上場地方銀行が99行ある。第一地銀62行、第二地銀37行。都市銀行は5行しかない。秋田だけでなく、青森は1.72%、岩手は1.69%、高知は1.71%と、年1%を超えるペースで人が消えていく県が並ぶ。2024年に人口が増えたのは47都道府県のうち東京だけだった。 人が減れば、預金者が減る。借り手も減る。地銀のビジネスモデルは地元の預金を集めて地元に貸す、というものだ。その両側が同時に痩せていく。 預金はどこへ行くのか 秋田で一人暮らしをしていた親が亡くなる。子どもは東京か仙台にいる。相続が発生し、地元の銀行口座は閉じられる。受け取った資金は相続人の口座に入る。三菱UFJか三井住友か、あるいはNISA口座経由でeMAXIS Slimに流れる。 これを年間91万2,000回繰り返す。2024年の日本の自然減は91万2,161人。出生68万7,689人に対し、死亡は約160万人。過去最大の減少幅だ。 マクロの数字にもはっきり出ている。61行の第一地銀の預金残高は2025年3月末時点で333.9兆円。前年比の伸びは0.9%にとどまった。前年度の2.2%増から急減速している。 預金の伸びが鈍化している理由は人口減少だけではない。NISAの口座数は2,700万に達した。若い世代が銀行預金ではなく投資信託に資金を振り向けている。地銀は預金者を人口減少とNISAの両方から奪われている。 貸出と預金の差(ローン・トゥ・デポジット・ギャップ)は2025年12月に108兆円まで縮小した。4年ぶりの低水準だ。 メガバンクとの違い 前回の記事で書いたメガバンクのNIMガンマとは、構図がまるで違う。 三菱UFJやみずほは政策金利の引き上げを利益に直結させている。25bpの利上げで年間1,000億円単位の資金利益が上乗せされる。貸出残高は拡大し、NIMは加速的に改善している。 地銀はそうならない。地銀はメガバンクほど積極的に貸出金利を引き上げられない。地元の中小企業を支える立場にあり、金利を上げれば取引先が苦しむ。預金金利だけが先に上がり、利ざやの改善がメガバンクより遅い。 収益構造の違いも大きい。地銀の収益の約70%は利息収入に依存している。米国の銀行は40%、ドイツは44%だ。手数料ビジネスの厚みがない分、金利環境の変化に対するバッファが薄い。 残りの30%の中身がさらに問題だ。金融庁が公表した2025年9月中間期の地銀決算概要を見ると、手数料・役務収益は前年同期比でわずか23億円の増加にとどまっている。ほぼ横ばいだ。投信販売手数料、ATM手数料、振込手数料、保険窓販。どれも成長余地が乏しい。 一方で債券関連損益はマイナス2,482億円と、前年のマイナス1,289億円から損失が倍近く拡大した。利回り上昇で国債ポートフォリオの含み損が実現損に変わっている。 利益を支えているのは株式売却益だ。2,957億円と前年の1,900億円から大幅に増えた。政策保有株式の売却が効いている。ただし持ち合い株は売れば減る。一過性の利益源泉だ。 つまり非利息収入の実態は、手数料はほぼ横ばい、債券は赤字拡大、株式売却益で辛うじて補填という構造である。株式売却益を除けば、非利息収入はマイナスだ。利息収入への依存度は70%どころではない。 金融庁は2018年の時点で、20以上の県で収益性のある地銀を1行すら維持できなくなる可能性があると警告していた。 不動産に寄りかかる 貸出先が縮む中で、地銀が頼っている分野がある。不動産だ。 地銀の不動産向け貸出は総貸出の約17%を占めている。全国の金融機関による不動産向け貸出残高は2024年3月末に129兆円に達し、前年比6%増。不動産証券化向けのSPC融資は18%増だった。 問題は、一部の地銀が地元を越えて東京や大阪の不動産案件に手を伸ばしていることだ。本来の営業地域の外でリスクを取り始めている。金融庁は2025年12月に不動産融資が膨らんでいる地銀への監視を強化した。返済能力の審査が不十分なケースが確認されたという。 住宅ローンでもメガバンクに押されている。変動金利は都市銀行が0.7-1.0%で提供しているのに対し、地銀はそれより高い。対抗手段として返済期間50年の超長期住宅ローンを出す地銀が増えている。若い世代の取り込みを狙ったものだが、50年ローンを必要とするのは強さではない。 1990年代のバブル崩壊後、地銀は不良債権処理で長い苦しみを味わった。当時の資産規模は185兆円だった。いまは500兆円。金融庁自身がこの類似を意識している。 両側から痩せるバランスシート 地銀のバランスシートは預金側と貸出側の両方から圧縮されつつある。IMFの分析では、人口減少下で貸出の1人当たり残高は預金の1人当たり残高よりも速く減少する。融資先の企業も人口と一緒に減っていくからだ。 メガバンク、ネット銀行、ゆうちょ銀行が同じ預金プールを奪い合っている。ゆうちょ銀行は全国に24,000の拠点を持つ。全銀行を合わせた数の2倍近い。そのゆうちょですら預金残高は2024年12月に192.1兆円と前年の194.9兆円から減少した。 利上げは地銀を助けるか。短期的にはNIMが改善する。実際に2024年9月期の地銀の資金利益は前年比9%増えた。しかし利上げの恩恵は地銀間で均一ではなく、収益力の格差は10年前より広がっている。稼げない地銀はさらに不動産やリスクの高い貸出に傾くか、縮小するかの二択に追い込まれる。 年間91万人が減り、預金が流出し、貸出先が縮み、不動産への依存度が上がり、規制当局が警戒を強めている。この状態で99行が独立して存続するのは、算数的に無理がある。 次回は、それに対する唯一の現実的な回答である再編の話を書く。

2026年3月7日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

金利が変えるメガバンクの利益構造

オルカンに毎月積み立てている人は、日本のメガバンクの決算を見ていない。見る理由がないと思っている。 三菱UFJフィナンシャル・グループの通期純利益見通しは2.1兆円。三井住友は1.5兆円、みずほは1.13兆円。3社とも過去最高を更新した。「金利が上がったから銀行が儲かっている」で済ませている人が多いが、話はそこで終わらない。 線形ではない利益感応度 銀行の利益が金利に比例して直線的に増えるなら、話は簡単だ。実際はそうなっていない。 三井住友フィナンシャルグループの決算資料にはっきり書いてある。政策金利25bpの引き上げごとに、年間の資金利益が約1,000億円増える。2024年3月のマイナス金利解除、7月の0.25%、2025年1月の0.5%、12月の0.75%。ここまでで4回。 この4回分の効果は単純な足し算にならない。利上げは既存の変動金利貸出すべてに波及する。そして貸出残高自体が増えている。三菱UFJの国内大企業向け貸出は2024年9月末に26.8兆円、前年の25.6兆円から拡大。三井住友は22%増の26.6兆円。 利率が上がり、残高も増える。掛け算で効いてくる。オプションの用語を借りれば、NIM(純金利マージン)に対するガンマがプラスの状態だ。政策金利が動くほど、利益の感応度そのものが大きくなっていく。 数字で確認する。三菱UFJのNIMは2023年10-12月期に0.68%だった。それが2025年7-9月期には0.89%。三井住友は0.96%から1.03%へ。みずほの国内貸出・預金金利マージンは0.76%から1.07%に開いた。傾きは加速している。 注目すべきは、三菱UFJが決算のたびに開示する金利感応度の数字が回を追うごとに大きくなっている点だ。2024年11月のH1決算では、7月の利上げ影響を「FY24に+250億円、FY25に+400億円、FY26に+800億円」としていた。2025年1月の利上げでは「当期+200億円、来期以降は年間+1,000億円」に更新された。中計では政策金利1%到達時の年間NII増加を1,400-1,500億円と見積もる。 感応度の見積もり自体が切り上がっている。ガンマがプラスということだ。 カーブのもう一つの次元 短期金利だけではない。イールドカーブの傾斜が、もう一つの収益源になっている。 いまの日本国債のカーブはG7で最もスティープだ。10年債2.15%、30年債3.4%。40年債は1月に4.24%をつけた。政策金利0.75%との差は歴史的な水準にある。 このカーブが誰に有利で誰に不利かは、持っている債券の年限で決まる。 生保はきつい。ゼロ金利時代に買い込んだ低クーポンの超長期国債が重荷になっている。日本生命や明治安田生命がデリスキングに動いているのは、2025年4月に入った経済価値ベースのソルベンシー規制(J-ICS)で、30-40年ゾーンの利回り変動がバランスシートに直撃するようになったからだ。 メガバンクは違う。みずほの国債ポートフォリオの平均残存期間は1.8年。三菱UFJは1.1年。短い。満期が来れば高い利回りの新発債に乗り換えるだけだ。含み損も限定的になる。 ここに転換の兆しがある。三菱UFJのCFO室長は2月の決算会見で「長期金利がピークをつけつつある兆候を見て、慎重に国債ポジションを再構築する」と言った。三井住友も「市場の見通しを踏まえつつ、徐々に国債保有を増やす」としている。 短期債から中長期債へのシフトが始まれば、NIMのガンマにもう一段効いてくる。政策金利の感応度に加えて、ポートフォリオの利回り自体が底上げされるからだ。三井住友の決算資料には「短期国債から中長期国債へのシフトを戦略的に進め、将来の国債ポートフォリオ再構築による上振れ余地がある」とある。 含み損の話 「銀行だって国債の含み損を抱えているだろう」という反論はある。 そのとおりだ。三菱UFJの含み損は2025年12月末に2,000億円。3月末の400億円から5倍になった。地銀セクター全体では213億ドルに上る。 ただし文脈がある。三菱UFJは9-12月に長期債を売却して損失拡大を避けたと言っている。能動的にリスクを管理している。2,000億円という数字も、2.1兆円の利益見通しに対しては10%未満だ。保有目的なら満期で額面償還される。そもそもポートフォリオの平均残存期間が1-2年なのだから、カーブ全体が上がっても影響は限られる。 地銀の含み損はまた別の問題で、深刻かもしれない。ただ、地銀の苦境がメガバンクのバリュエーションまで抑えているなら、それは市場が違う業態をひと括りにしている結果だ。 資本の使い方が変わった 利益構造だけではない。 三菱UFJは2025年度に5,000億円の自社株買い。過去最大だ。みずほ3,000億円、三井住友1,500億円。3社で9,500億円が株主に戻る。東証改革がROE向上を求めた圧力は、銀行にも効いている。 持ち合い株式の売却加速も大きい。三井住友は上半期だけで1,960億円の売却益を出した。一過性ではない。東証の圧力が続く限り、数年単位で出てくる利益だ。 誰が買っていて、誰が買っていないか 外国人投資家は10週連続で日本株を買い越した。直近週は9,739億円。前の週の倍だ。 一方で、毎月の給料からeMAXIS Slim全世界株式に積み立てている人たちは、三菱UFJも三井住友もみずほも、自分のポートフォリオの上位には入っていない。海外の機関投資家が日本のメガバンクを買い増している横で、日本の個人投資家はその銘柄を含まないインデックスに資金を流し続けている。 どちらの判断が正しかったかは、数年後に分かる。

2026年3月7日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

ベッセントの方程式が壊れ始めている

本稿は「オペレーション・エピック・フューリーの真の総指揮官は財務長官だったかもしれない」の続編である。前稿では、作戦の経済的論理からスコット・ベッセントが金融上の制約を設計した人物である可能性を論じた。一週間が経過した。枠組みは依然として成立している。だが、その前提条件は深刻な圧力にさらされている。 前稿の論旨は一つの転換点にかかっていた。ホルムズ海峡が速やかに再開される。意図的に温存されたイランの石油インフラが交渉の足場となる。原油価格が十分に下落し、ベッセントが抱える五つの問題を同時に解決する——という筋書きだ。 その転換点は訪れていない。待機のコストは日々積み上がっている。 方程式の現在地 オペレーション・エピック・フューリーが始まった2月28日、米10年国債利回りは安全資産買いで一時3.96%まで低下した。その買いは48時間以内に尽きた。3月6日21時JST時点で、10年利回りは4.173%まで戻っている。 前稿では二つの臨界値を示した。4.15%で住宅ローン金利の改善が止まり、悪化に転じる。4.25%で30年固定ローンが7%を超え、11月中間選挙前に住宅取得環境が政治問題化する。 第一の臨界値はすでに突き抜けた。米国の住宅ローン金利は今、改善ではなく悪化の方向にある。第二の臨界値まで残り5ベーシスポイントほどだ。 ブレント原油は本稿執筆時点で89.21ドル、前日比5.82%高、週間では約18%の上昇となった。VIXは25.55。ドル円は157.95で円安が続く。日経平均は54,830円で引け、1.61%安——3月5日の反発は一日で帳消しになった。 売り手が五つ、買い手が一つ 前稿では日本の生命保険会社による資金還流を「モデル化すべきリスク」として提示した。それは今や、確認された強制フローとなっている。 財務省のデータによれば、2026年2月の対外債券売越額は3兆4200億円。2024年10月以来最大の月次流出で、2025年第4四半期の合計額を一ヶ月で上回った。日本の30年国債利回りは3.396%、40年債は1月に4.24%をつけた。この利回り水準では、ドル資産を保有するためのヘッジコストを差し引いた超過リターンはほとんど残らない。資金が戻ってくるのは当然の帰結だ。 この還流はホルムズが再開されても止まらない。構造的な動きだからだ。 強制的な米国債売り手は今や五つ数えられる。原油インフレによるFRB利下げ期待の剥落(第一)。生保の資金還流、月3兆4200億円で確認済み(第二)。湾岸の政府系ファンド3社が米国投資からの撤退を協議中との報道(第三、条件付き)。ドル円160円でのMOF介入チェーン、外貨準備の売却を伴う(第四、条件付き)。下院が212対219で戦争権限決議を否決した後、歯止めなく膨らむ戦費に伴う米国債増発(第五、構造的)。 これら五つに対し、ベッセントの手元にある買い手側の手段は一つ——オフザラン債の買い入れ加速だ。時間を稼ぐ動きであり、純需要を増やすものではない。 失われた手段 FRBはベッセントが使えない最重要手段だ。パウエル議長の任期は5月15日に切れる。トランプ指名のケビン・ウォーシュは上院委員会で審議が止まっている。常任議長不在の間、FRBの政策反応関数は読めなくなる。2026年の利下げが市場に織り込まれなければ、10年利回りは4.25%を超え、ベッセントの制約は破綻する。 議会による歯止めも消えた。下院は212対219で戦争権限決議を否決した。上院も前日に同様の決議を退けている。金融のタイムラインで紛争を終わらせる政治的な仕掛けは、もはや存在しない。トランプの「数週間で終わる」という言葉が市場の依り代だった。議会がそれを取り外した。 自己矛盾 ベッセント自身が今週発表した15%のグローバル関税は、エネルギー由来のインフレにコストプッシュ要因を重ねる。インフレ期待の上昇は利回りを押し上げる。自分の政策が自分の制約を締め付けるという構図だ。 ベッセントがまだ動かしているもの 二つの動きが、前稿の枠組みが今も機能していることを示している。 3月5日、ベッセント財務長官は声明を発表し、海上に滞留するロシア産原油のインド向け購入を認める30日間の適用除外を打ち出した。「意図的に短期の措置」と明記したことは、一ヶ月以内にホルムズ情勢が決着するという見立てを示唆している。これは伝達チェーンの上流を叩く動きでもある——原油が下がれば円への圧力が和らぎ、米国債需要が落ち着く。ユーロニュースによれば、適用除外は4月4日に失効し、新規の積み荷には適用されない。 国債の買い入れ加速も続いている。いずれも解決策ではなく、被害を抑える動きだ。前稿で描いた姿——表舞台には出ず、配管を管理し、軍事的な時間軸が望ましい経済的結果を生み出すまでの時間を稼ぐ人物——と一致している。 キャリートレードの逆説 通常の危機では円が買われ、安全資産需要がショート円ポジションの手仕舞いを促す。今回は逆だ。VIXが25を超える中、ドル円は156から157.95へと円安が進んだ。日本のホルムズ依存度は石油輸入の72%に及ぶ。原油高はエネルギー輸入のためのドル需要を生み、それが安全資産買いを上回っている。 157.95という水準では、ショート円のキャリートレーダーは安堵している。ポジションは削られていない。MOF介入が来るとき——おそらく160円前後——彼らのポジションは手付かずのまま捕捉される。最初の円安が束の間の安心感を与えた分だけ、巻き戻しはより激しくなる。バネは解放されていない。むしろ圧縮されている。 この点については、あおぞら銀行の諸賀氏、みずほの唐鎌氏、三井住友銀行の鈴木氏、ANZの町田氏がそれぞれの立場から同様の見方を示しており、邦銀アナリストの見解がここまで揃うのは珍しい。 「完璧な着地」に必要なもの シナリオは否定されていない。温存された石油インフラは交渉への意図を示し続けている。インド向け適用除外は短期決着への期待を示している。買い入れ加速は利回り管理の継続を示している。 ただ、2月28日以降、誤差の余地は大幅に縮んだ。第一の利回り臨界値は背後にある。生保の資金還流は確認済みで構造的だ。湾岸SWFリスクは新たに浮上し、まだ価格に織り込まれていない。FRB議長の空白が鳩派転換の選択肢を封じる。そして議会が、短期決着を強制する政治的な仕掛けを取り除いた。 原油が89ドルということは、ベッセントの計算が成り立っていた水準より24%高いということだ。今週の30年JGB入札の応札倍率は3.66。地政学的な混乱の中でも堅調な需要で、資金還流が入札結果にすでに顔を出している。日本にとっては強気の材料だ。その還流を賄うために売られている資産クラスにとっては、話が逆になる。 枠組みは生きている。それが必要としていた条件は、悪化している。

2026年3月6日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

マネーの壁が内側に向く

2026年2月、日本の生命保険会社は対外債券を3兆4200億円売り越した。2024年10月以来最大の月次流出で、2025年第4四半期の合計額を一ヶ月で上回った規模だ。 中東の紛争がこの動きを加速させた。だが紛争が引き金を引いたわけではない。この違いは、現在の多くの論評が思う以上に重要だ。 なぜ今、資金が動いているのか 生命保険会社は数十年先に及ぶ負債を抱えている。過去二十年の大半、その負債に見合うリターンを国内で得る手段がなかった。日銀が金利を人為的に抑え込んでいたからだ。米国債、欧州国債、ドル建て社債——いずれも、国内市場の代替として選ばれた資産だった。 その必要がなくなりつつある。 日本の10年国債利回りは2.166%。30年債は3.396%。40年債は1月に4.24%と、三十年超ぶりの水準をつけた。30年の円建て負債を持つ生保にとって、為替リスクを負わずに3.4%台の利回りを確保できる国内債は、ヘッジコストが上昇し続ける米国債より明らかに魅力的だ。 日銀は今、利上げ・量的引き締め・国債買い入れ削減を同時に進めている。三重の引き締めだ。日本の利回り曲線はG7で最も急勾配になっており、そのシグナルを生保は着実に受け取っている。 米国債市場への波紋 日本の機関投資家は合計で約1.14兆ドルの米国債を保有する——世界最大の外国人保有残高だ。その動向は無視できない。 ブルームバーグによれば、2月の3兆4200億円は現在のレートで約218億ドル相当。月次でこの規模だ。2025年第4四半期は2008年以来最大の四半期減少と言われたが、2月単月でそのペースを倍以上超えた。 これは狼狽売りではない。ジャパンタイムズが引用した住友三井トラスト銀行の世良明弘氏は「国内利回りの上昇を背景に、対外債券への需要はおそらく落ち着いている」と述べた。二十年ぶりに国内の運用環境が改善した機関が行う、合理的なポートフォリオ調整だ。狼狽売りはやがて止まる。だが合理的な資産シフトは、四半期をまたいで続く。 3月6日時点で米10年利回りは4.173%、当日比0.80%上昇。30年利回りは4.776%。生保の資金還流は、同じ方向に働く五つの力のうちの一つだ。だが他の四つが解消した後も残り続けるのは、この一つだけだ。 30年国債入札が示したもの 今週の30年JGB入札で応札倍率は3.66を記録した——12ヶ月平均を上回る水準だ。地政学的リスクが高まる中でも需要は底堅く、資金還流が入札需要という形でリアルタイムに現れている。 日本国債にとっては強気の材料だ。その還流を賄うために売られている資産クラスにとっては、話が逆になる。 円への波及、そして円からの反作用 生保が対外債券を売れば、資金還流のために円を買う。その円需要が為替を下支えする。円高はドル資産のヘッジコストを下げるが、同時にキャリーも削る。これは自己強化的な動きだ——円高がさらなる還流を促し、さらなる円需要が生まれ、円がさらに強くなる。 通常の地政学的危機なら、その動きはすでに為替レートに出ているはずだ。今回は違う。日本の石油輸入の72%はホルムズ経由だ。原油高はエネルギー輸入のためのドル買い需要を生む。その圧力が今のところ、還流による円買いを上回っている。VIXが25.55という環境でも、ドル円は157.95と円安圏にある。 ホルムズ情勢が落ち着き、原油価格の圧力が和らいだとき、還流主導の円高が再び前面に出てくる。160円でのMOF介入が現在の積み上がったポジションを一気に巻き戻すかどうかは、方向性の問題ではなくタイミングの問題だ。 金融機関にとっての意味 二十年間、邦銀はゼロ金利環境で純利鞘がほぼ消滅した状態での経営を強いられてきた。生保は利回りを求めて海外に活路を見出すしかなかった。金融セクター全体が、金融抑圧が永続するという前提の上に成り立っていた。 その前提が今、崩れている。 国内利回りの上昇は銀行の純利鞘を押し広げる。10年JGB利回り2.166%という水準は、生保が一世代ぶりに国内債で負債をカバーできることを意味する。セクター全体の再評価はすでに始まっているが、日銀の正常化が着実に続くなら——それが日銀の表明している方針だ——利鞘の拡大余地は現在の株価水準が示す以上に残っている。 外国人投資家の動きが裏付ける 紛争期間を通じて、外国人による日本株の買い越しは途切れていない。財務省によれば直近週の対内株式投資は9739億円——前週の4020億円から倍増し、10月以来最大の週次流入だ。10週連続の買い越しとなる。CMEのマイクロ日経先物の出来高は前月比60%増で、機関投資家の参入が増えていることを示唆する。 日経平均は3月6日に54,830円で引け、1.61%安。リスクパリティのリバランスやCTAの売りという機械的な動きが続いている。だが構造的な買い手はその売りを吸収しており、逃げていない。機械的売りが一巡したとき、反発の燃料はその分だけ積み上がっている。 整理すると 内側に向くマネーの壁は、危機ではない。いずれ来るべき調整だ。国内利回りは長年、人工的に低く抑えられてきた。資金は行き場がなく海外に向かった。今は行き場がある。機関投資家は合理的に反応している。 米国資産にとって、これは中東の情勢がどう転んでも消えないヘッドウィンドだ。日本資産——株式、債券、とりわけ金融セクター——にとっては、コーポレートガバナンス改革、デフレからの脱却、そして構造変化への外国機関の認識の高まりと重なるテールウィンドとなる。 紛争は、すでに動き出していた資産シフトに急ぎ足を加えた。紛争が終われば、急ぎ足は収まる。資産シフトは続く。

2026年3月6日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

イラン軍事作戦の隠れた総司令官は、財務長官だったかもしれない

2026年2月28日の夜、ペンス副大統領がホワイトハウスの状況室からオペレーション・エピック・フューリーを監視していた。WBUR/APの報道によれば、エネルギー長官クリス・ライト、国家情報長官タルシ・ギャバードとともに、軍事作戦には一見不釣り合いな人物がいた。財務長官スコット・ベッセントである。 国防長官ピート・ヘグセスはこの作戦を「史上最も致命的で、最も複雑で、最も精密な航空作戦」と呼んだ。しかし私が考えているのは別のことだ。この作戦は軍が設計したのか、それとも債券利回りと原油先物と資本フローで考える人間が形作ったのか。 これは陰謀論ではない。公開されている事実を別の順序で読み直し、経済的な論理が地政学的な物語よりもうまく軍事的なタイムラインを説明できるかどうかを問う試みである。 円を空売りして1,200億円を稼いだ男 財務長官になる前、ベッセントはソロス・ファンド・マネジメントで数十年を過ごした。2013年には日本円の空売りで3ヶ月間に12億ドル(約1,200億円)を稼いだ。彼は金融を学んだ政治家ではない。政治に入ったトレーダーである。 トレーダーは敵と味方で考えない。ポジションとフローとタイミングで考える。トレーダーが軍事作戦を見るとき、「勝てるか」とは問わない。「月曜日の朝、原油価格はどう動くか」と問う。 この思考の枠組みが、2026年1月から2月にかけて起きたことの多くを説明するかもしれない。 ベッセントの解けない方程式 なぜ財務長官が軍事作戦を形作る可能性があるのかを理解するには、彼が解くべき問題を理解する必要がある。 ベッセントはアナリストが「3-3-3」と呼ぶ枠組みを公約している。GDP成長率3%、財政赤字3%、原油増産日量300万バレル。数字の裏にある最も緊急の課題は、11月の中間選挙までに住宅ローン金利を下げることだ。そのためには10年物米国債の利回りを下げなければならない。つまり、米国債への需要を高く維持し、供給を管理可能な水準に保つ必要がある。 ここからが複雑になる。日本は約1.14兆ドル(約170兆円)の米国債を保有しており、外国勢としては世界最大のポジションである。もし日本の機関投資家がこれらの保有を売り始めて資本を国内に戻せば、米国の利回りは上昇し、ベッセントの計画は破綻する。 しかし日本の国内債券利回りは急騰している。40年物日本国債は1月に4.24%に達し、30年以上ぶりの高水準となった。数兆ドルを運用する日本の生命保険会社にとって、国内債券は突然、米国債よりも魅力的になった。資本回帰のインセンティブは高まっている。 ベッセントは円高も必要としている。円安は対日貿易赤字を拡大させ、選挙前には政治的に許容できない。彼は日本の財務大臣に「アベノミクス導入から12年、状況は大きく異なる」と公式に述べた。「通貨安をやめろ」という外交的表現である。 しかし日銀が円高のために利上げすれば、国内利回りはさらに上昇し、資本回帰がより魅力的になる。ベッセントが一つの問題を解決するために持つあらゆる手段は、別の問題を悪化させる。 何か外部の要因が方程式そのものを変えない限り。 原油が計算式にもたらすもの 日本はエネルギーのほぼ全量を輸入している。原油価格が上がれば、日本の貿易収支は悪化し、円は弱くなり、企業コストは上がる。原油価格が下がれば、その逆が起きる。貿易収支は改善し、円は自然と強くなり、企業の利益率は拡大する。 原油安はまた世界的なインフレ期待を低下させ、米連邦準備制度理事会(FRB)に利下げの余地を与える。米金利の低下は国債利回りを下げ、それはまさにベッセントが住宅ローンの手頃さのために必要としていることだ。 つまり、原油価格の持続的な下落は、ベッセントの日本問題、国債利回り問題、インフレ問題、中間選挙問題を同時に解決する。他のどの単一変数も、この四つすべてに影響を与えることはできない。 では、イランで何が起きたかを考えてみよう。 経済戦争フェーズ:1月から2月 ベッセントの1月から2月下旬にかけての公式発言は、正確なパターンに従っていた。 1月20日、ダボスの世界経済フォーラムで、彼は財務省がイランでドル不足を引き起こし、大手銀行が破綻し、通貨が暴落し、インフレが爆発したと説明した。彼の正確な表現は「経済的ステートクラフト。一発も撃っていない」。彼は出来事を報告していたのではない。功績を主張していたのだ。 1月23日、彼は体制の「経済的自己焼身」を描写し、財務省が「体制が盗み、必死にイラン国外の銀行に送金しようとしている数千万ドルを追跡する」と宣言した。 1月30日、「沈みゆく船からネズミのように」体制の内部者が海外に資金を移していると述べ、「終わりが近いことを彼らが知っている良い兆候だ」と言った。 2月5日の上院銀行委員会での証言では、ほぼ同じ言葉を繰り返し、「ネズミは船を離れている」と付け加えた。 この一連の発言で注目すべきは、内容ではなく一貫性だ。ベッセントは出来事に反応していたのではない。経済的圧力が機能しており、軍事行動は不要であり、財務省が主導機関であるという公式記録を構築していた。 そして2月11日、何かが変わった。 転換点 フォックスニュースのインタビューで、ベッセントはこう言った。「イラン人が理解するのは力による圧力だ。金融市場であれ、軍事の場であれ」。初めて、金融と軍事の圧力を一つの文で明示的に結びつけた。「大統領とヘグセス長官はイランに向けて軍事アセットを移動させている」と付け加え、決断が必要になると述べた。 2週間後の2月28日、それらのアセットが使用された。 標的にされなかったもの ここからが分析の最も興味深い部分だ。 CNBCは原油市場とワシントンの情報源を引用し、「トランプ大統領はイランの石油を直接標的にすることで原油・ガソリン価格が上昇するリスクを取りたくない」と報じた。外交官はロイターに、作戦初日にイランの核施設が攻撃された形跡はないと述べた。 主な標的は軍事施設、ミサイル製造施設、海軍アセット、政府建物、そして指導部だった。イランの原油輸出のほぼ全量を扱うハルク島石油ターミナルは、米国の初期攻撃では標的にされなかった。イスラエルの作戦に起因する可能性のある爆発音の報告はあったものの。 昨夏のオペレーション・ミッドナイト・ハンマーでも同じパターンが見られた。原油は攻撃前に約10ドル/バレル急騰したが、石油施設が攻撃されなかったことが明らかになるとすぐに下落した。 これが最も重要なディテールだ。イランのミサイル能力と核野心を排除するという目的で行われた軍事作戦において、戦略的に最も明白な経済的標的が意図的に温存された。イランのプログラムへの資金供給能力を最も損なうであろう唯一の標的が、回避された標的だったのだ。 純粋に軍事的な観点からは議論の余地がある。経済的な観点からは、完全に理にかなっている。 石油供給というオプション イランの石油インフラが無傷のまま残っていれば、破壊された場合には不可能なことが可能になる。イランの石油を世界市場に戻す将来の合意だ。 イランは最大圧力制裁前には日量約350万バレルを生産していたが、制裁により輸出は約150万から190万バレルに減少し、その大半はシャドーフリート(影の船団)を通じて中国に向かっている。ゴールドマン・サックスは、イランの緊張だけで原油価格にバレルあたり約6ドルの地政学的リスクプレミアムが織り込まれていると推定した。 紛争後の和解がもし制裁緩和と石油輸出の正常化を含むならば、リスクプレミアムの除去と供給増加の複合効果により、ブレント原油は65ドルを大幅に下回り、55ドルに向かう可能性がある。CSISの分析によれば、イランの輸出途絶はバレルあたり10ドルから12ドルの上昇を意味する。逆の場合、同程度の下落が示唆される。 その下落は、ベッセントが直面するあらゆる問題に波及する。 原油安はインフレ期待の低下を意味する。インフレ低下はFRBにより積極的な利下げの余地を与える。利下げは国債利回りと住宅ローン金利を引き下げる。原油安はまた日本の貿易収支を改善し、日銀の積極的な利上げなしに円が自然と強くなることを可能にする。そして日銀が積極的な利上げなしに円高が進めば、日本の機関投資家が米国債から資本を回帰させるインセンティブは薄れる。 一つの変数。五つの問題が解決する。 ホルムズ海峡の波乱 事態は順調には進んでいない。イランは湾岸全域の米軍基地にミサイル攻撃で報復し、ホルムズ海峡は閉鎖されたと報じられている。世界の石油需要の20%が毎日この水路を通過する。閉鎖が長期化すれば、原油価格への影響は完全に逆転し、ベッセントの方程式は崩壊する。 これがリスクだ。長期化する紛争は追加の防衛支出を意味し、国債の追加発行、利回り上昇、そしてまさに11月までにベッセントが許容できない財政軌道をもたらす。 だからこそ、経済的な論理はこの作戦が短期間で設計されたことを示唆する。石油インフラの意図的な温存は、長期的な作戦ではなく、より強い立場で交渉のテーブルに戻る意図を示している。イランの外務大臣は「ジュネーブでは大きな進展があった」と述べた。オマーンの仲介者は突破口が「手の届くところにある」と語った。軍事行動は、ペンタゴンよりもベッセントがはるかに緊急に必要としている合意の前の、最後の圧力の適用なのかもしれない。 「完璧な着地」の姿 将軍ではなくトレーダーのように考えれば、ここからの最適な結果はこのようなものだ。 軍事作戦は数週間ではなく数日以内に所定の目標を達成する。イランのミサイル能力は低下する。ホルムズ海峡は再開する。最高指導者の喪失は、新たな交渉姿勢への内部圧力を生む。数週間以内に合意の枠組みが浮上する。イランはIAEAの監視下で検証可能な核制限に同意し、その見返りに石油輸出への制裁が解除される。 イランの石油が市場に戻る。原油価格が下がる。インフレが下がる。FRBが利下げする。国債利回りが低下する。住宅ローン金利が下がる。円が強くなる。日本の機関投資家は米国債の保有を続ける。貿易赤字は縮小する。そして11月までに、有権者はその違いを実感する。 平和の取引、税の取引、貿易の取引。ベッセント自身の言葉だ。 これが起こると言っているのではない。これがベッセントのすべての矛盾を同時に解決する唯一のシナリオだと言っている。そして、軍事作戦のここまでのすべてのステップが、この結果に必要な条件を保全することと一致していると指摘している。 日本市場を見ている投資家にとっての意味 ベッセントの最適シナリオが実現すれば、日本株への影響は大きい。 原油安は日本の産業全体で企業の利益率を改善する。日本は世界最大のエネルギー輸入国の一つだからだ。積極的な中央銀行の行動ではなく、貿易条件の改善によって緩やかに円高が進めば、日本資産を保有する外国人投資家にとって追い風になる。そして日銀が外部圧力による急速な利上げではなく、快適なペースで金利を正常化できれば、金融セクターにとって特に好ましい。数十年にわたって純利鞘を圧縮されてきた金融機関が、初めてその利鞘の拡大を目にしている。その拡大が混乱なく着実に続くならば、セクター全体の評価見直しにはまだ上値余地がある。 代替シナリオ、つまり原油が80ドルを超えホルムズ海峡が数週間閉鎖される長期紛争は、ほぼすべてにとって打撃となる。しかしその場合でも、日銀は経済を支えるために利上げを一時停止する可能性が高く、それは金融機関にとって国内のイールドカーブを支持的に保ちつつ、米国債からの資本回帰を遅延させることになる。 いずれにせよ、日本株の構造的な投資根拠は残る。特に金融セクターに注目している投資家にとって、短期的な混乱は、本来の価値とは無関係な水準まで株価を押し下げることがある。そうした場面は、長い目で見れば好機になり得る。問題は、追い風が穏やかなものになるか、それとも遅延するかだ。 わからないことについて この分析の限界について明確にしておきたい。状況室でどのような会話が行われたかは知らない。ベッセントが標的選定に影響を与えたかどうかも知らない。石油インフラの温存が彼の提言だったのか、まったく別の理由による軍事的判断だったのかも知らない。 知っているのは、公に観察できる事実のパターン、彼が述べたこと、彼が辿ったタイムライン、攻撃された標的とされなかった標的、そしてそれぞれの決定がもたらす経済的帰結、これらすべてが、ペンタゴンの任務ではなく財務省の任務というレンズを通して読むと、一貫した物語を形成するということだ。 部屋の中で最も重要な人物は、命令を出している人間ではないことがある。問題を設定した人間であることがある。 この記事はインターネット上の公開情報に基づく私自身の解釈であり、間違っている可能性がありる。読者がご自身で判断できるよう、できるだけ推論の過程を示すように心がけてう。

2026年3月1日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

日銀リフレ派の起用をどう読むか

日銀の政策委員会に、中央大学の浅田統一郎氏と青山学院大学の佐藤主光氏というリフレ派の学者2名が指名された。市場の第一反応は明快だった。高市政権が利上げにブレーキをかけようとしている、と。 円は下落し、株は上昇し、長期債利回りはスティープ化した。教科書通りのリフレ政策の織り込みだ。 しかし、この人事にはもう一つの読み方がある。そして、どちらの読みが正しいかによって、投資判断は大きく変わる。 表面の読み:高市政権の一貫性 まず認めるべきことがある。この人事は高市首相の政治姿勢と完全に一致している。 高市氏はかつて日銀の利上げを「バカげている」と発言した。自民党内でも一貫して緩和寄りの立場を取ってきた人物だ。アベノミクスの精神的後継者と言ってもいいだろう。両候補とも同じリフレ派グループに属し、過去のハト派的な政策運営者との繋がりがある。 つまり、レトリックとアクションが一致している。ここにトランプ大統領との興味深い対比がある。 トランプとウォーシュの対比 トランプ大統領は声高に利下げを要求しながら、FRB議長にはタカ派として知られるケビン・ウォーシュ氏を指名した。レトリックとアポイントメントが矛盾している。 一つの解釈は、これが意図的な「信認の裁定」だというものだ。タカ派が利下げすれば、市場はそれを政治的圧力への屈服ではなく、経済の実態が本当にそれを必要としているシグナルと受け取りる。「ニクソンだけが中国に行けた」の論理だ。 高市氏の場合は逆だ。レトリックもアポイントメントもハト派。一見すると戦略的な深みはなく、単純に自分の信念を実行しているだけに見える。 しかし、ここで問いかけたいのは、意図よりも結果が重要なのではないかということだ。 野口委員の前例 退任する野口旭審議委員は、就任時には積極的な金融緩和の支持者だった。しかし最終的には、日銀の直近2回の利上げに賛成票を投じている。ハト派として入り、データに基づいてタカ派的な行動を取った。この前例は、すでにこの政策委員会の中に存在している。 もし浅田氏と佐藤氏が同じ道を辿ったとしたら、そのシグナルの力は非常に強いものになる。「高市首相が指名したリフレ派ですら、利上げが必要だと認めた」。このメッセージは、タカ派が利上げした場合よりも、はるかに大きな市場インパクトを持つ。 本当の緊張関係 高市首相の意図と人事の間に矛盾はないかもしれない。しかし、彼女の人事と植田総裁の間には明確な緊張がある。 植田総裁はリフレ派の指名が発表された直後に、経済見通しが実現すれば利上げを継続すると明言した。1月会合では高田委員が1.0%への即時利上げを提案し、増委員は「主要国との政策格差縮小」の必要性を訴えた。これはベッセント米財務長官がほぼ同じ文脈で使った言葉だ。 つまり、緊張関係は高市氏の言葉と行動の間にあるのではなく、彼女が指名した委員と、近い将来のアジェンダをまだコントロールしている現総裁との間にあるのだ。 ベッセントが求めているもの ベッセント財務長官はブルームバーグに対して、日銀はインフレの問題を抱えており「後手に回っている可能性がある」と、日本の金融政策について最も直接的な発言をした。公式には日本政府はワシントンからの圧力を否定したが、市場は異なる読み方をした。 ベッセントが求めているのは、1回の利上げではない。利上げの「道筋」が市場に信じられることだ。もしリフレ派の委員が段階的に正常化を支持していくなら、それはタカ派一色の委員会が利上げするよりも、道筋の信頼性を高めることになる。 皮肉なことに、高市氏がハト派を指名したことが、ベッセントの望む結果を最も効果的に実現する手段になるかもしれない。 投資家として考えるべきこと 二つのシナリオを整理する。 一つ目は、高市氏の意図通りにリフレ派が利上げに抵抗し、正常化のペースが鈍るケース。円は弱含み、輸出企業にはプラス、金融株にはマイナス、長期債利回りはインフレ期待の上昇で引き続きスティープ化する。 二つ目は、データが委員の手を縛り、野口氏と同じようにリフレ派が利上げに賛成するケース。このシナリオでは利上げの道筋に対する信認が強まり、円は安定し、金融株にはプラス、JGBのボラティリティは低下する。 どちらが正しいかは、正直なところわからない。しかし一つだけ言えるのは、この人事を単純に「利上げ停止のサイン」と読んで銀行株を売るのは、表面だけを見たトレードだということだ。物事はもう少し複雑かもしれない。 — 玉露

2026年2月28日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

なぜ今、日本株なのか:データが示すオルカン一択の盲点

「NISAでオルカンを積み立てておけば大丈夫」 SNSやYouTubeで、まるで正解のように語られている。だが本当にそれだけで十分か。 筆者は2026年以降、日本株がグローバル指数を中長期的に上回る可能性が高いと考えている。その根拠を、データ、マクロ環境、制度改革、政治環境の四つに分けて書く。 データが語っていること 下のチャートは、過去5年間の主要株価指数を比較したものだ(スタート地点を100に揃えている)。 TOPIXは約200に達した。S&P 500、NASDAQ、DAX、上海総合のいずれよりも高いリターンだ。 意外だろうか。日本の投資メディアでは「米国株最強」「オルカンで世界に分散すれば安心」という論調が支配的で、日本株の好調さはほとんど話題にならない。 ここで一つ押さえておくべき事実がある。オルカン(eMAXIS Slim全世界株式)の構成比率は約60%が米国株だ。「世界中に分散しているつもり」でも、実態はかなりの部分を米国に集中投資している。そしてその米国株が、過去5年でTOPIXに負けている。 新FRB議長と為替リスク 2026年1月30日、トランプ大統領は次期FRB(米連邦準備理事会)議長にケビン・ウォーシュ氏を指名した。元FRB理事(2006〜2011年)で、リーマン・ショック時にバーナンキ議長のもとで危機対応にあたった人物だ。モルガン・スタンレーの投資銀行部門出身、現在はスタンフォード大学フーバー研究所のフェロー。 背景を押さえておく必要がある。 ウォーシュ氏の義父はロナルド・ローダー氏。エスティ・ローダー創業家の一族であり、共和党の大口献金者だ。トランプ大統領とはペンシルバニア大学ウォートン校の同窓で、長年の友人・側近とされている。この関係から、ウォーシュ氏がトランプ政権と対立的な姿勢を取る可能性は低いと市場は見ている。 さらに重要なのはウォーシュ氏自身のスタンスの変化だ。かつてはタカ派として知られていたが、最近は利下げを支持する発言を繰り返している。2025年7月のCNBCのインタビューでは「利下げは正しいバランスに戻すためのプロセスの出発点だ」と述べた。ウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿では、AIによる生産性向上がデフレ圧力をもたらすと指摘している。 米国が利下げサイクルに入る可能性は相当程度高まっている。 利下げが進めば日米の金利差が縮小し、為替は円高ドル安に動きやすくなる。NISAで海外株式ファンドを持っている場合、ここが盲点になる。オルカンなどのグローバル株式ファンドはドルなどの外貨建てで運用されている。円高が進むと、ファンドの価値がドルベースで横ばいでも、円に換算したリターンは目減りする。 過去5年ですでに米国株はTOPIXに劣後している。そこに円高が重なれば、差はさらに広がる。 多くのNISA解説ブログやYouTubeチャンネルは、この為替リスクにほとんど触れていない。「長期で持てば為替の影響は平準化される」という意見もあるが、5年から10年の単位で円高が続いた時期は過去に何度もある。 日本企業が変わり始めている 東京証券取引所は、プライム市場に上場する企業に対して、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの改善を要請した。「会社の価値をもっと高めろ」というメッセージだ。 アクティビスト(物言う株主)の活動も活発化している。海外ファンドだけでなく、国内の大手機関投資家もスチュワードシップ・コードに基づいて企業に「もっと株主に利益を還元しろ」と働きかけるようになった。 結果として、配当増額と自社株買いが急速に広がっている。しかもその伸びは企業の利益成長を上回るペースだ。 こうした動きが経営の質そのものを根本から変えたかどうかは、まだわからない。だが少なくとも確実に言えることがある。企業の意識は変わった。株主還元に対する姿勢は明らかに前向きになっており、この流れが後退する可能性は低い。 東証の要請やコーポレートガバナンス・コードといった制度的な枠組みが整備されている以上、企業が「株主を意識しなくてよかった時代」に戻ることは難しい。株主還元の改善トレンドは今後も続く。その蓋然性は十分に高い。 投資家にとっての意味は明快だ。配当利回りの向上と自社株買いによる一株あたり利益(EPS)の押し上げが、株価の下支え要因になる。 高市政権の積極財政 2026年2月8日の衆院選で、高市早苗首相率いる自民党は316議席を獲得した。戦後初めて単独で衆院の3分の2以上を占める歴史的圧勝だ。中曽根政権の300議席(1986年)、小泉政権の296議席(2005年)を上回る。 政権基盤は圧倒的に安定した。参院で否決された法案を衆院で再可決する力を持ち、政策の実行力は大幅に強化されている。 注目すべきは「責任ある積極財政」という基本方針だ。行き過ぎた緊縮財政から転換し、積極的な財政支出で経済成長を促す路線を意味する。物価高対策と家計支援(電気・ガス代やガソリン代の負担軽減、ガソリン税の旧暫定税率廃止、所得税の基礎控除引き上げ)、AI・半導体、造船、量子技術、宇宙、海洋資源などの重点分野への大規模投資、財政支出21.3兆円の2025年度補正予算——「積極財政により国力を強くする」と首相自身が明言している。 金融政策については、政府と日銀の連携を重視する姿勢だ。第一生命経済研究所のレポートによれば、需要超過の状態を維持することで供給力の拡大を促す「高圧経済政策」を志向しているとされる。極端な日銀への圧力は考えにくいが、利上げペースに対してはブレーキがかかりやすい環境と言える。 株式市場にとってのポイントは三つある。 政権の安定性。衆院で圧倒的多数を確保したことで、政策の継続性と予測可能性が大幅に高まった。海外投資家が日本株を評価する際の重要なプラス材料だ。 財政出動の規模。成長分野への大規模な政府投資は、関連企業の収益を押し上げる。 金融緩和的な環境の維持。利上げのペースが緩やかにとどまることで、企業の資金調達コストが抑えられ、株式市場にとっては追い風になる。 高市首相自身も「為替変動にびくともしない日本をつくる」と発言しており、国内投資の強化による内需主導の成長路線を明確にしている。 オルカン一択で、本当にいいのか 分散投資が大切であることに変わりはない。一つの国や地域に集中しすぎるのはリスクだ。 だが「オルカンだけ買えば安心」と思い込んでしまうのは、もったいない。 過去5年のパフォーマンスデータ、新FRB議長のもとでの米国利下げと円高リスク、日本企業の株主還元の加速、高市政権の積極財政。こうした要素を踏まえると、ポートフォリオの中で日本株の比率を見直す価値は十分にある。 — 玉露

2026年2月27日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

「オルカンなら安心」は本当か?バックテストで検証するACWIの意外な弱点

NISA口座でオルカン(eMAXIS Slim全世界株式)を積み立てている人にとって、気持ちの良い記事ではないかもしれない。 オルカンという商品自体を否定するつもりはない。低コストで世界中の株式に投資できる優れた商品だ。だが「世界に分散しているから安心」「長期で積み立てれば必ず報われる」という思い込みについては、データで確認しておく価値がある。 オルカンが連動を目指しているMSCI ACWI(全世界株式指数)のパフォーマンスを、S&P 500と比較する形でバックテストし、二つの事実を明らかにする。 長期リターン:ACWIはS&P 500にほぼ勝てていない iShares MSCI ACWI ETF(ティッカー:ACWI)の年次リターンと、同時期のS&P 500のリターンを比較する(Yahoo Finance等の公開データに基づく)。 年 ACWI S&P 500 差 2010 +12.8% +15.1% S&P +2.3 2011 −7.9% +2.1% S&P +10.0 2012 +16.8% +16.0% ACWI +0.8 2013 +22.4% +32.4% S&P +10.0 2014 +3.8% +13.7% S&P +9.9 2015 −2.2% +1.4% S&P +3.6 2016 +8.4% +12.0% S&P +3.6 2017 +24.4% +21.8% ACWI +2.6 2018 −9.1% −4.4% S&P +4.7 2019 +26.6% +31.5% S&P +4.9 2020 +16.3% +18.4% S&P +2.1 2021 +18.7% +28.7% S&P +10.0 2022 −18.4% −18.1% S&P +0.3 2023 +22.3% +26.3% S&P +4.0 2024 +17.5% +25.0% S&P +7.5 2025 +22.4% +25.0%* S&P +2.6 *(2025年のS&P 500は概算値) ...

2026年2月26日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

NISAでオルカンを持つ人が見落としている為替リスク

「分散しているから安心」の落とし穴 NISAでオルカン(eMAXIS Slim全世界株式)を積み立てている人は多い。「世界中に分散投資しているから安心」と考えている人も少なくないだろう。 だが一つ確認しておきたい。その資産の通貨構成を見たことがあるだろうか。 オルカンの構成比率は、約63.9%が米国株だ(2025年11月末時点)。資産の6割以上がドル建てで運用されている。残りもユーロやポンドなどの外貨建てが大半を占め、円建ての資産(日本株)はわずか4.9%に過ぎない。 オルカンを持っているということは、資産の約95%が外貨建てだということだ。 「分散」されているのは株式の銘柄や地域であって、通貨リスクはほぼ分散されていない。多くの個人投資家が気づいていないポイントだ。 為替がリターンに与える影響 具体的な数字で見る。 仮にオルカンの基準価額がドルベースで年間10%上昇したとする。一見、良い年だ。だが同じ期間にドル円が155円から130円に円高が進んだ場合はどうなるか。 ドルベースのリターンは+10%。為替の変動は155円→130円で約16%の円高。円建てのリターンは約−8%。 株価は上がっているのに、円建てではマイナスだ。 極端な例ではない。2025年前半、まさにこれに近いことが起きた。米国株の軟調さに円高が重なり、オルカンの基準価額は一時16%以上下落した。ドルベースでの下落幅以上に、円建てでのダメージが大きくなった。 「長期で持てば為替は平準化される」は本当か 為替リスクを指摘すると、よく返ってくる反論がある。「長期投資なら為替の影響は平準化される。気にしなくていい。」 20年、30年の超長期で見れば、為替の上下が均されていく傾向はある。その限りでは正しい。 だが歴史を振り返ると、5年から10年の単位で一方向に為替が動き続けた局面は決して珍しくない。 1985年〜1995年。プラザ合意をきっかけに、ドル円は240円台から79円台へ。約10年間で60%以上の円高が進行した。この間にドル建て資産を保有していた日本人投資家は、株価が上がっていても円建てでは大幅なマイナスを経験している。 2007年〜2011年。リーマン・ショック前の124円台から、東日本大震災後の2011年10月には史上最安値の75円台まで。わずか4年間で約40%の円高だ。 2021年〜2024年。逆に、日米金利差の拡大を背景に110円台から一時161円台まで大幅な円安が進行した。この期間にオルカンを保有していた投資家は、円安による「下駄」を履いた状態でリターンが底上げされていた。 ここが重要だ。過去数年のオルカンの好調なリターンには、かなりの部分で「円安のブースト」が含まれている。今後、円高に転じた場合、同じブーストが逆方向に働く。 2026年以降、円高に向かう構造的理由 為替の予測は誰にとっても難しい。だがいくつかの構造的な変化が起きつつある。 トランプ大統領が次期FRB議長に指名したケビン・ウォーシュ氏は、最近の発言で利下げ支持の姿勢を明確にしている。米国が利下げサイクルに入れば、日米金利差は縮小し、円高圧力が高まる。SBI証券のレポートでも指摘されているが、トランプ政権は貿易赤字削減と国内産業保護のため、ドル安誘導政策を志向する可能性がある。直接的な円高要因だ。日銀も緩やかながら利上げの方向にある。高市政権のもとで急激な引き締めは考えにくいが、政策金利が少しでも上がれば、金利差縮小を通じて円高方向に作用する。 これらが重なれば、中期的に円高が進行する可能性は十分にある。 シミュレーション:円高で何が起きるか NISAでオルカンを300万円保有しているとする。ドルベースでファンドの価値が年5%ずつ成長した場合、為替レートの違いでリターンがどう変わるか。 3年後のシミュレーション(ドルベース年率+5%の場合): 為替シナリオ 3年後の円建て評価額 リターン 155円のまま(横ばい) 約347万円 +15.8% 155円→140円(約10%円高) 約314万円 +4.5% 155円→125円(約19%円高) 約280万円 −6.7% 155円→110円(約29%円高) 約246万円 −18.0% ドルベースでは3年間で15.8%成長しているのに、為替次第ではマイナスになる。 「為替ヘッジあり」のファンドを選ぶ手もあるが、ヘッジコスト(現在は日米金利差分で年4〜5%程度)がかかるため、リターンをかなり圧迫する。万能な解決策ではない。 どう考えるか 為替リスクを完全にゼロにすることは、海外資産に投資する限り不可能だ。それでもいくつかの対策は取れる。 最もシンプルなのは、ポートフォリオの中で日本株の比率を見直すことだ。日本株であれば為替リスクがない。前回の記事でも書いたが、過去5年のTOPIXのリターンはS&P 500やNASDAQを上回っている。「日本株はリターンが低い」という先入観は、もう過去のものかもしれない。 円安が大幅に進んでいる局面で大きな一括投資をすると、その後の円高でダメージを受けやすい。積立投資(ドルコスト平均法)を基本にしつつ、一括投資のタイミングには注意を払う価値がある。 そして、為替リスクを「意識する」だけでも意味がある。投資で最も危険なのは、リスクの存在に気づいていないことだ。為替リスクを把握した上でオルカンを持ち続ける判断と、知らずに持っている状態では、何かが起きたときの対応力がまったく違う。 オルカンは悪い商品ではない 長期的な資産形成のツールとして十分に価値がある。それ自体を否定するつもりはない。 だが資産の95%が外貨建てであるという事実は、きちんと理解しておく必要がある。特にこれからの数年間は、米国の金融政策転換やトランプ政権のドル安志向によって、円高が進行する可能性が無視できない。 「オルカンだけで安心」ではなく、為替リスクを理解した上で日本株を含めたバランスの良いポートフォリオを考える。それがこれからの投資環境では重要になる。 次回は、オルカンが連動を目指すMSCI ACWIのパフォーマンスを、S&P 500との比較でバックテストする。 — 玉露

2026年2月25日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

日本のインフレは本物か:30年ぶりの構造変化が株式市場に意味すること

はじめに:「物価が上がる国」になった日本 スーパーに行くたびに感じる値上げ。外食の価格表を見て驚く瞬間。「また上がったの?」そんな声を最近よく聞く。 数字で見ると、その実感は正しい。日本のコアインフレ率(生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比)は、日銀の2%目標を45ヶ月連続で上回っている。2024年度の名目賃金上昇率は前年比+3.0%と、1991年度以来33年ぶりの高さを記録した。 第一生命経済研究所の分析によれば、2025年に入ってからは日本の物価上昇率がG7で最も高い水準にまで達している。消費者物価は3.6%上昇し、他の先進国が2%台に落ち着く中で突出している。 30年以上デフレに苦しんできた日本が、インフレの国になっている。これは一時的な現象なのか、それとも構造的な変化なのか。 そして、この変化は株式投資にとって、実はとても大きな意味を持っている。 なぜ30年もデフレが続いたのか インフレがなぜ株にプラスなのかを理解するには、まずデフレが企業に何をしてきたかを知る必要がある。 1990年代のバブル崩壊以降、日本経済はほぼ一貫してデフレに苦しんだ。その悪循環は以下のようなものだった。 モノが売れない → 値下げ競争 → 利益が出ない → 賃金が上がらない → 消費が増えない → さらに売れない 企業は値上げができない環境に適応し、コスト削減と内部留保の積み増しに走った。「現金を貯め込んで何もしない」と海外投資家から批判されてきた日本企業の行動は、実はデフレという環境への合理的な対応だったとも言える。 デフレ下では、現金を持っているだけで実質的な価値が上がる。投資してリスクを取るよりも、何もしないほうが「正解」になる。だからこそ、日本企業のROEは長年低迷し、株価も上がらなかったのだ。 何が変わったのか:3つの構造的要因 2022年以降のインフレは、最初は輸入原材料の価格上昇や円安というコストプッシュ型だった。しかし、キヤノングローバル戦略研究所が指摘するように、現在は「需給要因を伴った基調的なインフレが定着しつつある」段階に入っている。 ① 人手不足と賃金上昇 最も重要な変化は、構造的な人手不足だ。 少子高齢化が進む日本では、労働力人口が構造的に減少している。特にサービス業、建設業、物流業では深刻な人手不足が続いており、企業は賃上げなしには人材を確保できなくなっている。 内閣府の分析によれば、パートタイム労働者の時給は2024年度に前年比+4.3%上昇し、統計が遡れる1994年度以降で最も高い伸びを記録している。 2024年、2025年と2年連続で春闘のベースアップ率は3%を超えた。ゴールドマン・サックスは、ベース賃金上昇率が「持続的なインフレと整合的な水準」である3%に達したと分析し、「日本経済は持続的なインフレへと至る分水嶺を越えた」と表現している。 ② 企業の価格転嫁力の回復 デフレ時代、日本企業は「値上げ=客離れ」を恐れ、原材料費の上昇を自社で吸収していた。しかし、この行動パターンが変わりつつある。 人件費や物流費の上昇を販売価格に転嫁する動きが広がっており、日銀も「企業の賃金・価格設定行動は従来よりも積極化している」と認めている。 これは企業にとって大きな変化だ。値上げができるということは、利益率が改善するということだからだ。 ③ 予想インフレ率の上昇 日銀のレポートは「中長期の予想物価上昇率は緩やかに上昇している」と繰り返し述べている。 消費者も企業も「今後も物価は上がる」と予想するようになると、それ自体がインフレを維持する力になる。賃上げ→値上げ→さらなる賃上げ。この「賃金と物価の好循環」が成立すれば、デフレへの逆戻りは起こりにくくなる。 なぜインフレは株式市場にプラスなのか ここが最も大切なポイントだ。 デフレは株式の敵、インフレは株式の味方。これは、世界の株式市場の歴史が示している基本原則だ。 理由①:名目成長率の拡大 インフレ環境では、企業の売上高が「量」だけでなく「価格」でも成長する。 ゴールドマン・サックスのデータが象徴的だ。2025年の日本の実質GDP成長率は1%程度だが、名目GDP成長率は3.4%と予測されている。この差はインフレ分であり、企業の増収を支えている。 理由②:企業利益の構造的改善 前回の記事(東証改革とPBR)でも触れたが、日本企業のEPS成長率は2008〜2019年の年率2%から、直近では年率8%に加速している。この加速の背景には、インフレによる価格転嫁力の回復と、名目賃金の上昇による消費の拡大がある。 理由③:「現金で持つリスク」の顕在化 デフレ下では現金が最も安全な資産だった。しかし、インフレが年2〜3%で定着すると、銀行預金の実質価値は毎年2〜3%ずつ目減りしていくことになる。 100万円を普通預金に入れておくと、金利がほぼゼロのまま物価だけが年3%上がれば、10年後の実質購買力は約74万円にまで下がる。 つまり、インフレ時代においては「投資しないこと」がリスクになるのだ。これが、日本の家計が「貯蓄から投資へ」動き出している大きな理由の一つだ。 理由④:不動産・資産価格の上昇 インフレは株式だけでなく、不動産を含む実物資産全般の価格を押し上げる。日本企業が大量に保有する不動産や設備の含み益が拡大し、それが企業価値の再評価につながる。 注意点:インフレにもリスクはある 公平を期すために、リスクについても触れておく。 ①実質賃金がまだ追いついていない 名目賃金は上がっているが、物価上昇のペースが速いため、実質賃金(物価を考慮した購買力)は一進一退の状態だ。家計が「豊かになった」と実感するには、もう少し時間がかかるかもしれない。 ② 食料品価格の上昇が家計を圧迫 日本の食料品価格は2024年末頃から前年比6〜7%で推移している。食料自給率が低く輸入依存度が高い日本では、円安と相まって食料品インフレが特に厳しい状況だ。 ③ 日銀の利上げペース インフレが定着すれば、日銀は利上げを継続する。利上げのペースが速すぎれば、景気を冷やすリスクがある。 まとめ:「物価が上がる日本」で投資を考える 30年間のデフレが終わりつつあるという事実は、日本の株式市場にとって歴史的な転換点だ。 企業は値上げができるようになり、利益率が改善している 賃金が上がり、消費が拡大する好循環が生まれつつある 名目GDP成長率が実質成長率を大きく上回る時代になった 「現金で持つリスク」が顕在化し、投資への資金シフトが始まっている デフレ時代の「何もしないのが正解」という考え方は、もう通用しない。 ...

2026年2月24日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)