ベッセントの誤算か、計算か:4月28日日銀会合前のキャリー・ポジション

4月13日、植田和男総裁のスピーチが代読され、利上げ確率は60%から33%に急落した。だがスピーチの前から、ポジションは膨らみ始めていた。CFTC(米商品先物取引委員会)の非商業部門ネットショートは4月7日時点で−9万3700枚。前週の−7万2900枚から1週間で2万枚超の急拡大だ。 日米10年債利回り差は約195ベーシスポイント(bp、0.01%)。日銀が動けば縮小に向かう。投機筋はその方向に賭けていない。据え置きに賭けて、倍にした。スピーチ後にさらに積み増したかは、4月18日のCFTC公表(4月15日時点)で判明する。 この構図に既視感がある。 2024年8月の教訓 2024年7月、円ショートは史上最大を記録した。7月31日に日銀が政策金利を0.25%に引き上げ、タカ派的なガイダンスを示すと、日経平均は8月5日に12%急落。投機筋は1週間で4万6000枚を買い戻した。金利変更の幅ではなく、「起きない」前提で積み上がったポジションの大きさが破壊を生んだ。 利上げが市場を壊すのではない。ポジションと確率の乖離が壊す。 植田総裁が送ったシグナル 4月13日、植田総裁はワシントンで各国政策担当者との会合に出席していた。東京では氷見野副総裁がスピーチを代読した。 言い回しが変わった。従来の「見通しが実現すれば利上げを進める」から、中東情勢の不確実性と経済への影響を注視する必要へと重心が移った。日銀OBの門間一夫氏は「際どい判断になる」と述べ、不確実性が高い局面での日銀の通常の対応は様子見だと指摘した。 投機筋はこれを「安全信号」と読んだ。日銀が躊躇しているなら、円を売っていい。もっと積め。 結果、ポジションと確率の乖離はさらに広がった。 ベッセントが見ている景色 スコット・ベッセントはソロス・ファンド・マネジメントに二度在籍し計13年間、まさにこの種の乖離から利益を得てきた男だ。1992年のポンド危機、2013年の円安トレード。中銀が慎重になった瞬間に投機筋が安心してポジションを膨らませ、やがて修正が来たときに反対側で待ち構える。それが彼の仕事だった。 いまは米財務長官だ。日本は約1兆2000億ドルの米国債を保有する世界最大の外国債権者である(政府の外貨準備と生保・年金等の民間保有の合計)。円が下がりすぎれば、民間の機関投資家はヘッジコストの上昇に耐えきれず米国債の購入を減らす。米国の借入コストが上がる。ベッセントの仕事は、日本のマネーをワシントンに流し続けることだ。 円に対する彼の立場は一貫している。1月には片山財務相との会談で円の「一方的な下落」への懸念を共有した。米国による為替介入を直接問われた際には「絶対にない」と答えた。日銀に利上げしてほしい。自分がやるつもりはない。 だが2024年8月のような荒れ方は望まない。理想は2025年12月型だ。あのときはOIS(翌日物金利スワップ)が98%を織り込み、CFTCは円のネットロング。乖離がゼロだったから、0.75%への利上げが着地しても波乱がなかった。 二つの計算 ベッセントが4月28日に望むのは、ほぼ確実に据え置きだろう。ただし6月に向けて確率を積み上げるタカ派的な発信を伴う据え置きだ。植田総裁が会見で「次の調整の条件が整いつつある」と言えば、6月のOISは60〜70%に向けて上昇し、ショートは徐々に巻き戻される。12月の教科書通りだ。 だが、もう一つの計算がある。 ベッセントの手持ちの道具は、決まったスケジュールで減っている。連邦最高裁がIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税権限を否定し、代替措置は7月頃に期限を迎える。イラン制裁の免除も更新時期にある。 FRBの空白も迫る。パウエル議長の任期は5月に切れる。後任のウォーシュの公聴会は4月21日に設定されたが、上院での承認は共和党内の手続き問題で遅れており、FRBが代行議長のまま残る可能性がある。 キャリートレードの踏み上げ(スクイーズ)がいずれ来るなら——ショート9万3700枚、10年債利回り差は既に195bpまで縮小——今のうちに済んだほうがましかもしれない。規制緩和や市場介入など、危機管理の道具は今なら動員できる。7月には、巻き戻しと関税の崖とFRB代行議長が同時に来る恐れがある。 4月に1つの火事を消すか、7月に3つの火事と戦うか。 ダボスで片山財務相に「市場を落ち着かせる発言をするはずだ」と電話した男の本命は、12月型の秩序ある着地だろう。だが現実は、決まったスケジュールで悪化している。 番人が握っていない鍵 問題は、ベッセントが日銀を動かせないことだ。 春闘は3年連続で5%超の賃上げを実現し、2月の実質賃金は前年同月比1.9%増と5年ぶりの伸びを記録した。日銀が待ち望んだ賃金と物価の好循環は目の前にある。 158〜159円の円安は家計を直撃している。電気代は4月から約1万5000円上昇し、ガソリンは政府の補助金でリッター170円に抑えているのが実情だ。赤澤経済再生担当相は利上げによる円高がインフレ抑制に有効だと公言した。 日銀自身の見通しも利上げ方向に動いている。ブルームバーグは14日、日銀が2026年度の物価見通しを大幅に上方修正する方向で検討していると報じた。Brent66ドルから99ドルへの原油高を反映する一方、成長率は引き下げの可能性がある。展望リポートがこの緊張を可視化する。 高田創審議委員は繰り返し1.0%への利上げを主張し、反対票を投じている。4月に据え置いて円がさらに下落すれば、6月の利上げは政治的に避けられない。そのとき、ショートが今より膨らんでいれば、調整はさらに激しくなる。 市場が最も脆いのは、安心させられた直後だ。 向こう6週間 4月18日CFTC公表、21日ウォーシュ公聴会、28日日銀会合+展望リポート、5月中旬パウエル退任・メガバンク本決算(来期配当発表)、7月関税代替措置の期限。 18日のCFTCでショートが−10万枚に向かっていれば、システムは脆い。縮小し始めていれば、市場がベッセントの代わりに仕事をしている。データはcftc.govで無料公開、OIS利上げ確率は東短リサーチ/東短ICAPが毎日更新している。 日経平均への含意は明快だ。サプライズ利上げなら、円高とポジション巻き戻しが同時に走り輸出株中心に急落する。2024年8月の再現だ。据え置きなら短期は安堵だが、ショートが膨らみ続ければ6月以降のリスクは拡大する。 逆に、利上げの恩恵を直接受ける銀行株は急落局面で配当利回り3%台に達しうる。3メガバンクの前期(2026年3月期)配当実績はMUFG74円、SMFG158円、みずほ145円で、いずれも累進配当方針を掲げる(来期予想は5月の本決算で発表)。MUFG・SMFGは現値から2割の下落で利回り3%を超え、みずほは2割5分程度の下落で同水準に届く。逆算すれば、それが読者にとっての指値になる。 日銀会合まで14日。

2026年4月14日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

キャリートレードの幽霊

2,500億ドルから4兆ドルのあいだに、幽霊が棲んでいる。 円キャリートレード(日本で安く借りて、利回りの高い通貨で運用する取引)をめぐり、2024年8月の巻き戻し以来、奇妙な論争が続いている。一方は「すでに死んだ」と言い、もう一方は「消えていない」と言う。どちらもデータを挙げる。どちらも自信に満ちている。だが双方が正しいことはありえない。ドル円が160円46銭をつけ、三村財務官が就任以来初めて「断固たる措置」に言及した局面で、この問いは学術的な関心事ではなくなった。 先物が見せるもの 目に見えるものから始める。CFTCの建玉報告は、シカゴ・マーカンタイル取引所における円先物の投機ポジションを集計している。3月のデータだけで一つの物語が読み取れる。3月初旬、投機筋のポジションはネットロングから-16,600枚のショートに転じた。翌週は-41,400枚。3月20日には-67,800枚。直近の3月27日時点では-62,800枚にやや縮小した。2週間足らずでショートは4倍以上に膨らんだ。売り建ては戻ったどころではない。加速している。 「キャリートレードは死んだ」という主張は、この数字に依拠する。2024年のピーク時、ネット・ショートは約18万枚に達していた。2026年2月初旬に-19,000枚まで縮小した動きは、撤退完了に見えた。日銀の利上げとスプレッド縮小を受けて、取引は18ヶ月かけて静かに消滅したかのようだった。 だが先物は、BISが2024年8月の事後検証で指摘したとおり、「氷山の一角」にすぎない。 先物が隠すもの BISは2024年8月直前のキャリートレード残高を約40兆円(2,500億ドル)と推計した。その数字自体、「データの欠落により下方に偏っている」と注記がある。報告されたポジションから推計できる範囲だけで、店頭デリバティブやFXスワップ、仕組み商品の大半は含まれていない。 円と他通貨のFXスワップ市場は、想定元本で14兆ドルに達する。そのすべてがキャリーではない。輸出入業者の為替ヘッジ、生命保険会社の外貨資産に対する通貨リスク管理など、正当な実需も多い。だがBIS自身が、ヘッジと投機の境界は実務上あいまいだと警告している。米国債を無ヘッジで購入する日本の生命保険会社は、実質的にキャリートレードを行っている。3ヶ月ごとに円建てフォワードをロールオーバーする資産運用会社も、書類が違うだけで同じことをしている。 「キャリートレードは生きている」陣営の代表格がBCAリサーチだ。2月に「時限爆弾」と呼んだ。彼らの論点は明快で、2024年8月の巻き戻しが一掃したのはCFTCデータに現れるヘッジファンドやCTAの「速いカネ」であり、生保のポートフォリオ、企業財務のヘッジ、満期の長いデリバティブ構造といった「遅いカネ」は手つかずのまま残っているという見立てだ。 この広義のエクスポージャーは推計1兆ドルから4兆ドル。正確な数字は誰にもわからない。BISもそう認めている。 なぜ今問題になるのか 3月27日、片山さつき財務大臣は記者団に対し「断固たる対応をとる」と述べた。3月30日、三村淳財務官はさらに踏み込んだ。「この状況が続けばそろそろ断固たる措置も必要になる」とし、「われわれの照準は全方位だ」と語った。三村氏が「断固たる措置」を使ったのは2024年7月末の財務官就任以来、初めてだ。財務省の段階的な言語エスカレーションにおいて、この表現は実弾介入の直前にあたる。 注目すべきは射程の広さだ。三村氏は投機的な動きが為替だけでなく原油先物市場でも高まっていると指摘し、政府が両市場を注視していることを示唆した。ブルームバーグの3月下旬の報道によると、財務省は国内主要銀行に対し、原油先物市場への介入の実現可能性について聞き取りを実施した。事実なら、日本の通貨防衛に新たな前線が開かれることになる。原油高が生む強制的なドル買いを為替市場で吸収するのではなく、その源泉を叩くという発想だ。 その2週間前には日韓が共同声明を出し、ウォンと円の急速な下落に懸念を表明した。2月下旬には日経アジアが、ワシントンは日本が要請すれば協調介入に応じる意向を示していると報じた。1月にはニューヨーク連銀がレートチェックを実施しており、この報道に信憑性を与える。米国の協力があれば計算は変わる。あおぞら銀行の諸我晃チーフマーケットストラテジストはロイターに対し、実弾介入に踏み切る場合は5円程度の値幅を狙うだろうと述べた。日本単独なら1円程度にとどまる。この差がまさに振幅の問題だ。 日銀は3月会合で政策金利を0.75%に据え置いたが、主な意見では中東情勢にもかかわらず利上げを主張する委員がいたことが明らかになった。 ドル円は東京午前の取引で160円46銭をつけた後、三村氏の発言を受けて160円を割り込んだ。日米10年金利差は205ベーシスポイントで、キャリー巻き戻しが加速するとされる200bpsの「危険水域」に接近している。 強制的な資金フローが逆方向に走っている。原油116ドル(ホルムズ海峡の混乱)が月あたり約9,000億円の追加ドル買いをエネルギー輸入業者に強い、円安圧力となる。反対に、3月31日の財政年度末リパトリは円を国内に引き戻す。MOF介入があればその力はさらに大きい。 キャリートレードが本当に消えていたなら、MOF介入と年度末リパトリの重なりで円は数百ピプス上昇し、市場は数ヶ月かけて介入前の水準に戻る。2022年の介入がたどった経路だ。 1兆ドルから4兆ドルのデリバティブ残高がまだ残っているなら、計算が変わる。介入でドル円が150円台半ばまで押し込まれれば、より高い水準で組成されロールオーバーされてきたポジションにマージンコールが発生しうる。マージンコールは追加の円買いを強い、円はさらに上昇し、次のマージンコールを呼ぶ。この自己増幅のループが、2024年8月5日を「悪い一日」から日経平均12%の暴落に変えたメカニズムだ。 二つのシナリオの違いは方向ではない。振幅だ。どちらも円高に終わる。一方は3%の動き。もう一方は10%に近い。 もう一つの見方 マクロ系トレーダーの一部は、米国市場に円キャリーはもう残っていない、2025年半ばまでにすべて巻き戻されたと主張している。根拠はCFTCのポジション動向、銀行の貸出データ、直近のリスクオフ局面におけるドル円の挙動だ。キャリー解消の兆候が出ていないと言う。 米国のヘッジファンドに限れば正しい可能性がある。先物データはこの主張を裏付ける。2026年3月のショート急増(ネットロングから2週間で-67,800枚へ)は、残存ポジションの維持というより新規の戦術的ベットに見える。 だがヘッジファンドは市場全体ではない。日本の生命保険会社は合計390兆円超の資産を運用し、そのかなりの部分を外貨建て証券に充てている。ブルームバーグが2025年3月時点で集計した大手9社のデータでは、外貨建て保有の46%しかヘッジされておらず、残りは為替変動にさらされたままだ。個人のFX証拠金取引(いわゆるミセス・ワタナベ)の建玉は2025年末時点で4.2兆円。欧州とアジアの機関投資家もシカゴ先物には現れない円建ての帳簿を抱えている。 2024年8月の巻き戻しは先物ポジションがきっかけだった。次の巻き戻しがあるとすれば、もっと緩慢で見えにくい変化が引き金になる。日本の金利上昇によって、為替リスクを負って海外に投資するより国内のほうが割が合う、その転換点だ。日銀が利上げを始めてから、その過程はすでに進行している。JGB利回りが1ベーシスポイント上がるたび、介入が一度行われるたびに、加速する。 わからないこと 不確実性を正直に並べる。 円建てファンディングの残高は正確にはわからない。BISが最良のデータを持っているが、不完全だと認めている。推計はオーダーが一桁違う。正確な数字を引用する者は推測している。 MOFの動くタイミングも読めない。三村氏の表現は最終段階に達しているが、原油先物市場への介入という新たな変数に前例はない。円安是正を目的に原油先物に介入することは、ドル売り為替介入とは運用上も政治上も異質であり、実際に規模を伴う介入が可能かどうか自体が未知数だ。 日銀の政策委員会が、国内インフレ抑制(利上げ)と外部ショック対応(据え置き)のどちらを優先するかも定まっていない。3月の主な意見は合意のなさを示している。だが植田総裁は30日の衆院予算委員会で「短期金利が適切に調整されずに物価が上振れる可能性があると市場が認識した場合には、長期金利も上振れるリスクがある」と述べた。利上げしなければ長期金利が暴れるというメッセージだ。10年債利回りは2.390%と1999年2月以来27年ぶりの高水準にあり、これは理論上の懸念ではない。 3月31日は明日だ。年度末リパトリは暦の上では確実だが、規模は読めない。企業と機関投資家が予想以上の円を国内に戻せば、三村氏の発言との収斂が急激な動きを生む。リパトリが期待外れなら円は160円台に定着し、MOFは外貨準備をドル売りに投じるか、前例のない原油先物介入に踏み切るかの判断を迫られる。 キャリートレードは幽霊かもしれない。だがリスクは非対称だ。幽霊が実在し、MOFが介入すれば、10%の円高が日本の外貨建てポジション(株式、JGB、クレジット)を数日で値洗いする。幽霊がいなければ、同じ介入で3%動いて2週間で元に戻る。 振幅の問いに答えが出るには数ヶ月かかるかもしれない。だが金利の問いには答えが出ている。植田総裁は3月30日の国会で、短期金利を引き上げなければ長期金利が不安定化するリスクがあると述べた。主な意見では原油が110ドルを超える状況でも利上げを主張する委員がいた。次の利上げが4月か7月かはともかく、方向はもはや議論の対象ではない。日本の金利は上がる。 この物語のなかで、幽霊の存否に左右されない変数はこれだけだ。そしてこの変数こそ、我々が当初から書いてきたセクターにとって最も重要な変数でもある。ゼロ金利のもとで30年間圧縮されてきた利鞘が、いま値付けし直されている。キャリートレードが決めるのは円の速度だ。金利サイクルが決めるのは、1ベーシスポイントごとに誰がより多く稼ぐかだ。 データは2026年3月30日10時30分JST時点。

2026年3月30日 · 1 分 · Gyokuro (玉露)

介入の窓はいつ開くのか

3月25日、ドル円は158.9で引けた。片山さつき財務大臣は3月だけで3度、介入を示唆する発言を行った。国会での「断固たる措置」、19日の「いつでも万全の態勢」、24日の「あらゆる面で徹底対応」。三村淳財務官も「あらゆる手段をいつでも講じる」と呼応した。 財務省の口先介入には段階がある。「注視」から「投機的」へ、「あらゆる選択肢」から「断固たる措置」へ。1月にはニューヨーク連銀がドル円のレートチェックを実施した。口先の梯子はほぼ最上段だ。残るは実弾しかない。 にもかかわらず、介入は起きていない。なぜか。 予算が人質になっている 令和8年度当初予算は3月13日に衆議院を通過したが、与党が過半数を持たない参議院ではまだ決着がついていない。憲法第60条により、参議院が30日以内に議決しなければ衆議院の議決が優先される。自動成立は4月12〜13日頃となる。 片山氏は二つの顔を持つ。介入を発動する財務大臣と、122兆円の予算を通す財務大臣だ。予算審議が続くなかで為替市場に波乱を起こせば、野党は混乱を材料にするし、予算に協力が必要な少数会派も交渉を有利に進めようとする。 予算が片づかない限り、実弾は撃てない。4月11日が最初の解禁日となる。 ベッセントの了承が要る 介入を効かせるには米国の黙認が要る。2022年9月、日本は介入を先に実施して10月のワシントン会合で後始末をした。結果は日米間の摩擦だった。今回は順序が逆になるだろう。先に了承を取りつけ、後で動く。 4月16日にG20財務大臣会合がワシントンで開かれる。議長はベッセント米財務長官だ。同週にIMF・世銀春季総会とG7財務大臣会合も予定されている。片山氏がベッセント氏と向き合う場は4月16日前後に集中する。 下地は1月に敷かれた。片山氏は日米合意が介入を正当化すると公言し、「制約も制限もない」と明言した。片山・ベッセント共同声明は「一方的な円安」への懸念を共有した。だが2週間後のダボスで、ベッセント氏は「絶対に介入しない」と述べ、強いドルの方針を再確認した。1月の協調は月末には霧散した。 4月16日は仕切り直しの場になる。ベッセント氏はG20の優先課題に「過度なグローバル・インバランスへの理解深化」を掲げた。キャリートレードと為替を指す表現だ。双方とも議題にしたいが、双方とも公にはしたくない。 日銀が動くか否かで絵が変わる 4月27〜28日の日銀会合が三つ目の変数だ。3月会合では政策金利を0.75%に据え置いた。高田創委員は2会合連続で1.0%への利上げを主張し反対票を投じている。植田和男総裁はイラン紛争の影響が一時的であれば利上げの余地はあると示唆した。 4月に利上げがあれば円はファンダメンタルズで上昇し、介入の必要性は薄れる。据え置きなら円は160を試す展開になり、介入圧力が急速に高まる。 ウェリントン・マネジメントの分析は「日本が円安の根本要因に対処する用意を示さない限り、米国が介入を容認する公算は小さい」と指摘した。ベッセント氏が求めているのは利上げだ。介入はその処方箋が届くまでの時間稼ぎにすぎない。介入と利上げの組み合わせは相互補強的に効くが、日銀が動かないままの介入は構造的問題への絆創膏で終わる。 4月下旬に三つの条件が揃う 予算は4月11〜13日に自動成立する。片山氏は4月13〜18日にワシントンに滞在し、G20の場でベッセント氏と会う。帰京後最初の取引日が4月20日だ。ドル円が依然159〜160を試す水準にあれば、予算は済み、米国の了承は新しく、口先介入は使い果たしている。4月20〜24日が本命の窓となる。 4月27〜28日の日銀会合が予備の窓だ。据え置きなら円は急落し、片山氏はゴールデンウィークの薄商いに介入を撃ち込む。財務省は2024年4月29日にまさにゴールデンウィークの流動性の薄さを利用して介入した。年間で最も効率のよいタイミングだ。 起点は4月16日のワシントン。政治的な決断はそこで事実上下され、実弾はその1〜2週間後に放たれる。 介入は本当に可能なのか ここで正直に反論を検討する必要がある。 ロイターの3月13日付分析は、介入のハードルが2022年や2024年より高いと論じた。足元の円安はキャリートレードの投機ではなく中東紛争に伴う有事のドル需要が主因だ。CFTCの円ネットショートは3月初旬時点で約16,575枚にとどまり、2024年7月に財務省が動いた時の18万枚とは桁違いに小さかった。投機的ポジションが薄ければ「投機的で一方的な動き」という介入の常套句が使いにくい。片山氏の周辺が「投機的」という修辞を意図的に避け、代わりに「国民生活への影響」に言及しているのはこのためだろう。 だがこの風景は3週間で一変した。3月20日のCFTCリリースではネットショートが-67,800枚に膨張した。3週間足らずで4倍。ロイターが「存在しない」とした投機的ポジションが急速に積み上がっている。今週土曜のCoTでさらに悪化が確認されれば、片山氏は封印してきた「投機的」の表現を使う根拠を手にする。反論の土台そのものが崩れつつある。 もう一つの論点がある。戦争が続く限り有事のドル買いが介入を吸収してしまうという指摘だ。原油高に起因する構造的なドル需要に逆らう介入は効果が限定的で、外貨準備を浪費するだけに終わりかねない。 この批判は正しい。だが的を射ていない可能性がある。 介入が教科書的に「効く」かどうかは、片山氏にとって本当の問いではないかもしれない。円安が食料品やガソリンの値上がりを通じて家計を直撃するなかで、何もしないと見られる財務大臣は政治的に持たない。2024年に財務省は4回の介入で約1,000億ドルを費やした。円安のトレンドは止まらなかった。だが時間を稼ぎ、政治的意思を示し、信認の危機を回避した面はある。 計算の軸は「これで円安は直るか」ではなく「何もしないでいられるか」だ。原油100ドル超、ドル円160。この組み合わせへの答えは否だろう。 前提が崩れる場合 4月11日より前に動く可能性もゼロではない。ブレント原油が持続的に110ドルを超えるか、ドル円が1日で162を突破する場合だ。エネルギー危機は予算政治に優先する。 逆に介入が不要になるシナリオもある。イラン停戦で原油が90ドル以下に下落すれば、円は自律的に持ち直す。日銀が臨時のシグナルを発すればキャリートレードは秩序立って巻き戻される。口先介入だけで十分だったことになる。 5月以降に先送りされると状況は悪化する。パウエルFRB議長の任期は5月15日に満了し、後任が決まらなければFRBの指導力に空白が生じる。不安定なドル市場への介入はリスクが高い。6月15〜17日のエビアンG7首脳会合は高市首相にとって初のG7であり、円が安定した状態で臨みたいはずだ。 潮汐表の読み方 以上は予測ではない。政治日程から介入が「可能になる」時期を読む試みだ。予算、ワシントン、日銀の三条件は4月下旬に収束する。口先介入の段階的強化も、外交的な布石も、過去の介入時の戦術も、同じ窓を指している。 4月16日のG20共同声明に「過度なインバランス」への言及があるか。片山・ベッセント二国間会談は実現するか。会合後の記者会見は何を語り、何を語らないか。 その先はゴールデンウィークの流動性を見ればよい。 潮汐表は波の高さを教えてくれない。だが船を出せる水深の時間帯なら分かる。 本稿執筆時のドル円は158.9(2026年3月25日)。読者がこれを目にする時点で同水準かどうか自体が一つの情報だ。

2026年3月25日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

足場を失ったライフガード

米10年債4.39%。7月以来の高水準である。30年債4.96%。5%まで4bpしかない。新発10年物国債(長期金利の指標銘柄)の利回りは2.27%で安定しているが、高田審議委員が2会合連続で利上げを主張し反対票を投じた。キャリースプレッド(米10年債と10年国債の利回り差)は212bp。2022年以降の全取引日で、これより狭かった日は1割にすぎない。 ドル円は3月19日(木)に159.8円まで売られ、翌日158円に戻した。財務省が過去に動いた水域だ。日経平均は19日に3.5%安。前日の2.7%高を吐き出した。20日は春分の日で休場。売りが未消化のまま週を越えた。 ベッセントの手持ち札 3月13日の長時間インタビューで、ベッセント財務長官は自分をライフガードに例えた。溺れる人は救助者を引きずり込む、それでも助けるのが仕事だ、と。その1週間後に任期中最悪の米国債急落が来た。 就任14ヶ月、足場は固かった。1月に10年国債利回りが高市政権の財政不安で急騰した際は東京への電話で収まった。キャリートレードが揺らいだ際もFRBによるドル円のレートチェックで足りた。問題はいずれも手の届く範囲にあった。 イラン戦争で構図が変わった。原油110ドル超は電話で解決できる種類の問題ではない。ホルムズ海峡の軍事紛争が米国のインフレ、日本の輸入コスト、米国債利回り、円の4つを同時に圧迫している。 19日、ベッセントはFox Businessで洋上のイラン産原油約1億4000万バレルの制裁解除を示唆した。IEA推計の日量2000万バレル喪失に対して2週間分にすぎない。同時に米国債市場への直接介入を否定した。買い入れ消却のFAQにある「急性の市場ストレス緩和を目的としていない」との記述はそのままだ。銀行の補完的レバレッジ比率の見直しは中期策であり今週には間に合わない。高市・トランプ首脳会談では約730億ドル(約11兆円)の対米投資が表明されたが、ホルムズ海峡を開く手段は何もなかった。 手段にはいずれも上限がある。しかも互いに干渉する。協調介入で円を安定させればドル売りが米国債市場の買い手を減らし、利回りが上がる。利回りを押さえるには緩和が必要だが、それは円安を招きキャリーの巻き戻しを誘う。原油備蓄を放出すれば戦時の資産を消耗する。日銀に引き締め減速を求めればベッセント自身の長期戦略と矛盾する。一方を押さえれば他方が浮く構造だ。 6シグマの計算 1月下旬のダボス会議で、ベッセントは国債利回りの急落を「6シグマ」と表現し、米国債に換算すれば10年債利回りが2日間で50bp動く規模だと即座に述べた。 ソロス・ファンド・マネジメントで1991年からロンドン事務所を率い、2011年から2015年までCIOを務めた経歴を持つ。テール・リスクの計測と、そこに賭ける判断を職業としてきた人物である。6シグマは官僚が軽く使う数字ではない。モデルの信頼性が失われ、流動性が消える領域を指す。 実データで検証する。1月19〜20日の10年国債利回りの2日間累積変動は14.8bp。通常の1年標準偏差3.04bpで割ると3.4シグマ。6には届かない。ロバスト推定量である中央絶対偏差(MAD)を使い、1000日の観測期間で算出すると日次シグマは1.63bp。14.8bpを√2で調整して割れば6.4。30年国債は同じ2日間で30.3bp動き、1年標準偏差に対して6.1シグマ。どちらの経路でも6に到達する。いずれも機関投資家のリスク管理で標準的な手法だ。 同じMADの枠組みで米10年債に換算すると、6シグマの2日間変動は50.3bp。20日終値の4.39%からの到達点は4.89%。事実上の5%であり、ベッセント自身の枠組みが「正常な市場機能を前提にできない」とする水準である。 片山財務相の判断基準 片山さつき財務大臣はMADを使わない。ドル円160は、昨年4回の介入で計約1000億ドルを投じた水準として国民の記憶に残っている。JPモルガンの為替ストラテジストは「明確な防衛線はないが、157〜162円の記憶は鮮明だ」と述べた。 水準より速度が効く。2024年の介入前はドル円が数週間で約10%急騰した。2022年は8%と12%。今回は7週間で6〜7%。過去の介入局面より緩やかである。MADシグマで見ると、過去の介入時の週次変動は約1.1。現在は0.3。差を埋めるには1週間で約2.5円の追加円安が必要で、ドル円162円付近に相当する。2024年7月の介入時の高値とほぼ一致する水準だ。 1月に片山財務相とベッセントは一方的な円安への共同懸念を表明した。2週間後、ベッセントはCNBCで「介入は断じてしていない」と強いドル政策を再確認した。円は下落。月末には協調の痕跡は消えていた。 スプレッド212bpの意味 2022年以降のキャリースプレッドの平均は299bp。212bpを上回った日が全体の90%を占める。200bpを損益分岐とする学術論文は存在しない。あるのは「薄くなるゾーン」だ。為替ヘッジコストは250〜280bpでスプレッドを既に上回っており、生保と年金はヘッジなしで米国債を保有し、円安の継続に賭けている状態だ。レバレッジ勢にとっては1週間で3%の円高がキャリー収益の数ヶ月分を消す。BISは2024年8月の巻き戻しの分析で、スプレッド単体ではなくキャリー対リスク比率に着目した。 212bpから200bpまでの距離は12bp。ベッセントがダボスで6シグマと呼んだ10年国債の1日の変動幅より小さい。 二つの閾値の距離 片山財務相はドル円160〜162円で、速度が伴えば動く。利回りと為替の回帰分析では、スプレッド1bpの拡大がドル円を約7.5銭押し上げる関係にある。160〜162円にはスプレッド13〜40bpの拡大が必要で、2022年の介入時は米国債利回りが週次2〜3MADシグマの速度で急騰していた。 ベッセントは米10年債利回りが2日間で50bp動く局面で初めて動く。4.39%からの到達点は4.89%。ドル円が159円から162円に動いた程度では、彼の枠組みでは危機水準に達しない。 この二つの閾値の間に、キャリー巻き戻し1回分がちょうど収まる。片山財務相が162円で介入する。円が3〜5円急伸する。キャリー勢が米国債を投げ売りする。利回りが1セッションで15〜25bp跳ね上がり、10年債が4.50%前後から4.75%に向かう。売りが連鎖すれば、累積変動がベッセントの50bpに近づく。2024年8月の巻き戻しが、当時より膨らんだポジションと戦争という追加の圧力を伴って再現されることになる。片山財務相の介入がベッセントの危機を生む構図だ。 三つの経路 じわじわ型。 原油100〜110ドル。ホルムズでの追加エスカレーションなし。米10年債が数週間で4.50%へ。10年国債が2.35%へ。スプレッド215bp前後。ドル円が159円から160円を試し、戻し、また試す。介入は160円が定着してから。4月下旬、G20前後。この経路ではベッセントの手段がまだ使える。危険は、じわじわとした接近の間にキャリーポジションが静かに積み上がること。 原油急騰。 湾岸のエネルギーインフラへの追加攻撃でブレント120ドル超。米10年債が週15〜20bp上昇。スプレッド225〜230bp。ドル円が1週間で162〜163円。片山財務相が単独介入。ベッセントは静観する。円が急反発し巻き戻しが走る。10年債4.70〜4.80%。2週間の累積変動が4〜5MADシグマに達する。ベッセントの閾値が視野に入る。時期は戦争次第。 日銀利上げ。 高田提案が過半を得て政策金利1%に。10年国債が1日で15〜20bp急騰。1000日MADで6シグマ超。スプレッドが212から190〜195bpに一気に圧縮され、200bpを割る。為替ではなく利回りの損益計算が崩れ、キャリーの手仕舞いが始まる。ドル円は153〜155円に円高。片山財務相の出番はない。しかし巻き戻しで米国債が売られ、10年債が4.60〜4.70%へ。日経平均が最も深い打撃を受ける。12月短観のFY2025想定為替レートは1ドル147円。4月1日発表の3月短観がFY2026の最初の想定を含む。ドル円159円で輸出企業が計上してきた棚ぼた利益は、150円で大半が消える。147円を割れば来期予想の下方修正が輸出セクター全体に及び、株価を動かすのはスポットレートではなく業績予想の修正だ。2024年8月には日銀の政策変更1回で日経は12%下落した。今回の出発点はスプレッドがより狭く、ポジションがより大きく、戦争という当時にはなかった変数が加わっている。 3経路のうち、今週最も蓋然性が高いのは原油急騰。4月までの基本線はじわじわ型。日銀利上げは確率最低だが深刻度最大であり、1票で決まる。 必要な前提 3経路のいずれも異常事態を必要としない。原油100ドル超、日銀のタカ派傾斜、スプレッドの下位1割。すべて既に存在する条件だ。シナリオを描く目的はタイミングの予測ではない。それは不可能である。ストレスがどの経路から到来するかを事前に特定し、発生時に形を見誤らないことにある。 ベッセントはかつてこう戒めた。崖から滑り落ちるな、と。投資家への助言としては正しい。ただ、200bpのスプレッドを崖っぷちにして、自ら制御できない戦争と、先に飛び込みかねない東京の同盟者に足元を削られている財務長官の口から出ると、聞こえ方が違う。 — 玉露

2026年3月23日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

二つの据え置き、二つの反対票、一つの原油ショック

24時間のあいだに、日本株投資家にとって最も重要な二つの中央銀行が、そろって政策金利を据え置いた。日銀は無担保コールレートを0.75%に維持。米連邦準備理事会(FRB)はフェデラルファンド金利の誘導目標を3.50~3.75%に据え置いた。いずれも市場の予想通りだった。だが、どちらの決定も、それ自体が本題ではない。 本題は反対票にある。そしてその反対票が映し出す、世界最大の二つの債券市場の軌道の乖離、円キャリートレードの巻き戻し、そしてTOPIX、とりわけ日本の金融株がこの先の混乱のなかで世界の株価指数を上回る位置にある理由——それこそが今日読むべき話である。 日銀では高田創委員が即座の1.0%への利上げを主張し、物価安定の目標は概ね達成されており海外発の物価上昇の二次的波及から国内物価の上振れリスクが高いと論じた。FRBではスティーブン・ミラン委員——トランプ大統領自身が任命した経済諮問委員会(CEA)議長——が25ベーシスポイントの利下げに票を投じた。 同じ原油ショック。正反対の結論。なぜこうなったのか、そしてそれがあなたのポートフォリオに何を意味するのかを理解するには、三つのことを知る必要がある。日銀が今日実際に何を言ったか。FRBがなぜ身動きを取れないのか。そしてドナルド・トランプが中間選挙の8か月前に戦争を始めた理由である。 日銀はひるまなかった 本ブログは3月会合のプレビューで、ひとつの問いを立てた。日銀は原油ショックを成長への下押し(ハト派的解釈)と見るか、インフレの加速要因(タカ派的解釈)と見るか。答えは声明文に出た。 12月にも1月にもなかった決定的な一文が加わった。「原油価格上昇が基調的な物価上昇率の見通しに及ぼす影響についても、留意が必要である」。日銀は原油高を一過性の供給ショックとして処理していない。自らが最も重視する変数——基調的な物価上昇率——の軌道を変えうるものとして扱っている。 三つの声明文を並べれば、地殻変動の方向は明白だ。12月、日銀は賃金・物価メカニズムが2%のインフレを実現する確度が高まっているとして0.75%への利上げを全員一致で決定した。1月は簡素な声明で金利を据え置き、高田委員が海外経済の回復を理由に1.0%を提案して反対した。3月、詳細な経済評価が復活し、前二回のいずれよりもタカ派的な内容となった。中東情勢の緊迫化、国際金融資本市場の不安定な動き、原油価格の大幅な上昇がリスク要因として明示された。利上げバイアスは一字一句変わらない。「引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」。 脚注は本文と同じだけの重みを持つ。高田委員の反対理由は1月の「海外経済が回復局面にある」から、3月の「海外発の物価上昇の二次的波及から国内物価の上振れリスクが高い」へと変わった。原油ショックを利上げの反対理由ではなく、推進理由に転換したのである。一方、多数派に投じつつも見通しの記述に反対した田村委員は、基調的な物価上昇率が物価安定の目標と概ね整合的になる時期を、12月の「見通し期間後半」から3月の「2026年度入り後以降」へと前倒しした。二人のタカ派がともに立場を硬化させた。8対1という見出しの下で、地盤は確実にタカ派方向に動いている。 日本の金融株を持つ投資家にとって、これが最も重要なシグナルだ。メガバンク決算のガンマ——すなわち純金利マージンの政策金利に対する凸性——は、利上げのたびに預金金利(緩やかにしか動かない)と貸出金利(即座に動く)のスプレッドを拡大させる。0.75%の時点で、この仕組みはすでにMUFG、SMFG、みずほに過去最高益をもたらしている。高田委員が明示的に主張し日銀が向かいつつある1.0%では、マージン拡大はさらに加速する。日本の生命保険会社におけるエンベディッド・バリュー(EV)の再評価も同じ論理だ。JGB利回りの上昇は、保険会社が債券ポートフォリオで稼ぐ利回りと負債側で支払う利率の差の現在価値を押し上げる。10年物JGBは本日2.258%で引けた。本ブログが1月のJGB危機を書いた時点より高い。 正常化は停滞していない。次の利上げの正当化を蓄積している。5月1日の会合では、利上げが現実の選択肢として議論される。 FRBは身動きが取れない FOMCはフェデラルファンド金利を3.50~3.75%に据え置いた。経済見通し(SEP)が示すのは、居心地が悪くなりつつあるが動けない組織の姿だ。2026年のPCEインフレ率の中央値は12月の2.4%から2.7%に上方修正された。コアPCEは2.5%から2.7%へ。にもかかわらず、2026年末のFF金利の中央値は3.4%で変わらず——年内2回の利下げを引き続き想定している。GDP成長率はむしろ上方修正された。委員会は市場にこう言っている。インフレは予想より高い、成長も予想より強い、それでも利下げするつもりだ、と。 これは整合的な立場ではない。意見がまとまらない委員会が体裁を保っている状態だ。 2026年のドットプロットのレンジは2.6~3.9%。130ベーシスポイントもの散らばりは、政策の方向性について実質的にコンセンサスがないことを意味する。パウエル議長は原油ショックについて「経済への潜在的な影響の範囲と期間を知るには時期尚早」と述べた。5月15日に退任を控える議長の、最後から二番目の会合での発言である。高田委員は同じショックを「今日利上げすべき理由」と位置づけた。一方の中央銀行は判断するには早いと言い、もう一方はもう動くべき局面だと言う。 長期中立金利の推計は3.0%から3.1%に上昇した。単独では些細な動きだが、日米スプレッドの文脈では違う。FF金利の終着点が上方にずれる一方で、日銀の終着点も上方にずれている——ただし日銀はより低い水準からより速く動いている。スプレッドの構造的圧縮は、両中央銀行自身の見通しに織り込まれている。 キャリートレードの前提が、じわじわと崩れている。円で借りてドルで運用するインセンティブは、通貨リスクを補うだけのスプレッドが維持されることに依存する。本日の水準——米国債10年とJGB10年のスプレッドは1.87%で縮小中——では、その補償は目に見えて縮んでいる。本ブログが生保の外債売却データで記録した内向きに転じるマネーの壁は、戦争による一時的な動きではない。リスクに見合わなくなったスプレッドに対する機関投資家の構造的な回答だ。 これこそが、グローバル投資家がまだ過小評価している日本の金融株の構造的な買い手である。日本の機関投資家——生命保険会社、年金基金、地方銀行——は過去20年間、国内の金融抑圧では得られない利回りを求めて海外に手を伸ばしてきた。その時代が終わりつつある。資金は国内に戻り、JGBと国内株式に流入し、長期金利を圧縮しながら、買い手である金融機関自身の資産価格を押し上げている。メガバンクと生保は、この資金還流の器であると同時に受益者でもある。 なぜトランプは中間選挙の8か月前に戦争を始めたのか 原油価格——ひいては日銀の反応関数、FRBの麻痺、ベッセントの縮みゆく猶予期間——を理解するには、大半の金融分析が避けて通る問いに答えなければならない。大統領は何を達成しようとしているのか。 世界から見れば、答えは明白で、しかも辛辣だ。同盟国を含む各国の世論調査では、戦争を始めたのは米国とイスラエルであり世界の物価を混乱させたという見方が多数を占める。トランプ自身の支持率は35%まで低下し、両中央銀行が会合を開いた同じ週に2期目の最低を更新した。経済運営の純支持率はマイナス20——バイデンの同時期をわずかに下回る。中間選挙は11月3日。クック・ポリティカル・レポートは民主党が211議席でリード、共和党が206、接戦区が18でうち14は共和党現職が守る議席だ。大統領与党の中間選挙での平均議席減は28。数字は残酷である。 では、なぜやったのか。 決定を下した人物を考えてみればいい。79歳、資産は数十億ドル、2期目にして憲法上最後の任期を務めるアメリカ大統領。金も地位もキャリアの上昇もこれ以上必要ない人物が、自らの支持率を急落させる軍事作戦を、与党が選挙に臨む8か月前に開始した。目に見える政治的な下振れリスクは巨大だ。上振れがあるとすれば、それは相応に大きく、そして決定的に重要なのは、大統領という地位にある者にしか成し遂げられないものでなければならない。 これが、作戦を読み解くための分析的枠組みだ。党派的な雑音を取り除けば、残るのはレガシーの問題である。手にできるものが歴史に名を刻むことだけになったとき、指導者は何をするか。関税は準備だった。アブラハム合意は第一幕だった。エピック・フューリーは決定的な一手である。ディールは——もし成立すれば——最終幕だ。トランプが試みているのは、中東のエネルギー・安全保障秩序の恒久的な再編であり、それを数十年ではなく数週間で遂行し、OPECの価格支配力の打破と最後の主要な国家核脅威の排除を同時に達成することだ。成功すればニクソンの訪中以来、最も重大なアメリカの外交政策行動となる。失敗すれば占領なきイラクとなる。 ディールの中身は、アメリカ大統領の軍事行動が成功と判断されるか失敗と判断されるかを決定づけてきた三つの変数を満たす必要がある。イデオロギーの問題ではない。朝鮮戦争からベトナム、イラク、アフガニスタンまで繰り返されてきた構造的な法則性だ。すなわち、生活コスト、雇用、そして武力が断固として、かつ泥沼化せずに行使されたかどうかである。 まず生活コスト。エピック・フューリー作戦の前、ブレント原油は66ドルだった。政権が暗に約束しているのは、原油をこの水準に戻すことではない。それ以下に押し下げることだ。だからこそ、イランの石油インフラは攻撃の対象から意図的に外された。核施設、ミサイル基地、防空網は破壊された。製油所、輸出ターミナル、パイプラインは無傷のまま残された。軍事戦略として読めば自制に見える。政治経済学として読めばその逆だ——戦後のディールに価値を与える資産の温存である。 ディールが成立すれば、その構造はこうなる。イランが核兵器開発とヒズボラ・ハマス・フーシなど傘下の武装組織の恒久的な解体を受け入れる。代わりに制裁が解除され、イランの原油が国際市場に復帰する。イランのフル稼働時の生産能力は日量約400万バレル。この供給量が、ベッセントがすでに制裁を解除したロシアの原油と同時に市場に流入すれば、OPECが吸収できない供給過剰が生まれる。サウジアラビアは価格を維持するために自国の減産を政治的に持続不可能な水準まで拡大しなければならなくなる。構造的な帰結は、米国のエネルギーコストが一時的にではなく恒久的に低下することだ。カルテルの価格支配力そのものが壊れるからである。 次に雇用。制裁解除後のイランは、一世代に一度の規模のインフラ復興需要を抱える。油田の近代化、精製能力の拡張、パイプライン網の再建。二国間の枠組みのもとでは、ベクテル、ハリバートン、ベーカー・ヒューズといった米国のエンジニアリング・エネルギーサービス企業が優先的にアクセスを得る立場に置かれる。雇用効果が集中するのは米国南部・中西部のエネルギー生産州——まさに与党の中間選挙の算術を左右する地域である。 そして安全保障。イランはヒズボラ、ハマス、フーシの最後の主要な国家スポンサーだった。作戦によってこれらの組織への補給が断たれ、ディールでその解体が正式に確認されれば、政権は極めて強い立場を手にする——一世代に及ぶ脅威を、長期駐留なしに排除したという主張だ。国家建設もない。無期限の展開もない。この種の主張が持つ政治的共鳴力は実証済みである。アメリカの有権者は一貫して、断固たる武力行使を支持する一方、軍事コミットメントが無期限化する政権を罰してきた。その構図は朝鮮戦争からベトナム、イラク、アフガニスタンまで繰り返されている。 ベッセントがエピック・フューリー作戦中にホワイトハウスのシチュエーションルームにいたのは、このためだ。軍事作戦は経済的目的と切り離して設計されたのではない。むしろ経済的目的を軸に設計された。核兵器開発を破壊し、石油を温存し、生活コスト・雇用・安全保障の三つを同時に満たすディールの交渉材料を作り出すこと。しかも、歴史的にアメリカの世論を反戦に転じさせてきた無期限の駐留なしに。 問題は、そしてそれは深刻な問題だが、順序にある。これらの恩恵はすべてディール成立後に初めて実現する。だが有権者はディール成立前のコストをリアルタイムで負っている。ブレント111ドル超、エネルギーコストのサプライチェーンへの転嫁による食料品値上がり、そして世界から見ても国内世論の一部から見ても、解決ではなく混乱を生んだように映る紛争。ホルムズ海峡には機雷が残っている。掃海艇はまだ出港していない。掃海作業には最低でも数週間かかる。最も楽観的なシナリオでも、消費者が実感できる恩恵が届くのは8月か9月——11月の投票の前に経済心理を動かせるぎりぎり最後のタイミングだ。この猶予が尽きる前にディールが成立しなければ、経済的な痛みは固定化し、政治学者がインフレ期の中間選挙で繰り返し記録してきた現職拒否のパターンが再現されることになる。 ベッセントに課されている役割は、まさにここにある。ディールがまとまる余地が残っている間、金融システムを安定させておくこと。本ブログが論じてきた通り、彼にとって最大の制約は10年物米国債の利回りだ。ディールが成立する前に利回りが急騰すれば、経済的な痛みは中間選挙で与党に投票しない理由として固定化する。SEPが示したのは、FRBからの援護射撃が当初の期待ほど見込めないという現実だ——利下げ2回は依然見通しの中央値だが、インフレの上方修正でその実現すら不透明だ。日銀は日本の利回り収斂が続き、キャリートレードのインセンティブが圧縮され、資本が東京に還流し続けることを示した。どちらの中央銀行もベッセントに余地を与えていない。 ここで、レガシーという枠組みが確率の重みづけを変える。動機が純粋に選挙目的であれば、政権は原油を下げるための出口を——どんな出口であれ——11月までに探しているはずだ。だが動機が歴史的意義であれば、計算は逆転する。トランプは下院を救うためにディールを放棄しない。ディールを手にするために下院を犠牲にする。2028年に再出馬はできない。大統領令、IEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税権限、DOGEの機構——いずれも議会の承認を必要としない。議会の喪失は歳出を制約し調査を可能にするが、ディールも関税もFRBの再編も止められない。議会でのレームダックは、この政権の行政権理論のもとでは、実務上のレームダックを意味しない。 これはベッセントの立場をより危うくする。彼が時間を稼いでいる相手は選挙ではない。大統領の野心だ。ディールの期限を決めているのは選挙カレンダーではなく、トランプ自身の構想である。ディールが11月に間に合わなくても、ホワイトハウスにとってはそれで構わない。だがベッセントにとっては、金融システムがそれまで持ちこたえなければならないという現実は変わらない。 ミランの反対票は、政権の意向がFOMCの内部にまで読み取れることを示している。大統領自身が任命した委員が、コアPCEが3.0%で推移するなか利下げに票を投じた。これはエコノミストの判断ではない。政治的なシグナルだ。政権はインフレの背景にかかわらず金融緩和を求めている。ディールと利下げの組み合わせで中間選挙を救えると信じているのか、それとも中間選挙をすでに通り過ぎて別の何かに目を向けているのか。 非対称性こそがトレードである TOPIXに、そしてとりわけ日本の銀行・生保株にポジションを持つグローバル投資家と日本の投資家にとって、アメリカのどちらのシナリオも、経路は違えど同じ場所にたどり着く。 ディールが成立して原油が急落すれば、グローバルなリスク選好が回復し、キャリートレードの巻き戻しで円が強含み、日本株はエネルギーコストの低下と国内金利正常化の継続という組み合わせで上昇する。原油が下がったからといって日銀は利上げを止めない。賃金・物価のダイナミクスが健在であり、原油ショックが続いたあいだにインフレ期待が押し上げられたからだ。銀行の収益ガンマは複利的に効く。生保のエンベディッド・バリューは拡大する。 ディールが不成立、あるいは中間選挙に間に合わなければ、原油高が続き、日銀の正常化は加速する。高田委員の論理——原油はインフレの加速要因——が反対票から多数派の見解に移行し、JGB利回りはさらに上昇し、日本の金融資産の構造的な再評価は深まる。キャリートレードの巻き戻しは進む。スプレッドは縮小する。2025年後半に始まった資金還流は、構造的なリアロケーションとなる。 世界の他の市場はディールのタイムラインに人質として縛られている。日本の金融株はそうではない。その収益力は、日銀が今日確認した国内の金利サイクル——ホルムズ海峡や米国議会の動向に左右されない——に由来する。アウトパフォームへの経路はトランプがディールを手にするかどうかで変わる。アウトパフォームそのものは変わらない。 日銀は今日、進むべき道を持っていることを示した。FRBは、委員会の意見がまとまらないことを示した。長い目で構える投資家にとって、どちらの中央銀行が舵を握っているかは明らかだろう。 — 玉露

2026年3月19日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

ベッセントの封じ込めと、その代償

10日前、ブレント原油は66ドルだった。月曜日に119.50ドルをつけ、93ドル前後で引けた。日経平均は月曜に5.2%下落した。ドル円は159.14円、財務省の介入ラインとされる水準の目前まで到達した。米10年債利回りは一時4.21%を突破し、4.13%に戻った。 それでも金融システムは壊れなかった。 何をもって封じ込めたのか。円の「安全通貨」としての役割に何が起きたのか。そしてベッセントの制約条件である10年債利回りは、最初のミサイルが発射される前より狭くなっている。 2月の記事で、ベッセントが軍事作戦を経済的な論理に沿って設計した可能性を書いた。イランの石油インフラを温存し、供給側からの解決策を残すという読みだ。この10日間は、その仮説が現実に試される局面だった。 ベッセントが投入したもの 封じ込めの手段は広範で、展開は速かった。 原油供給面では、ロシア産石油の制裁解除を検討中と報じられた。対ウクライナの外交カードを直接削る一手だが、ホルムズ海峡の閉鎖で日量約600万バレルが失われた市場に供給を追加できる。インドとアルゼンチンには制裁免除が与えられた。海峡を通過するタンカー向けに200億ドルの保険制度が発表された。G7財務相が戦略石油備蓄(SPR)の協調放出を協議。日本の経産省は1978年以来初めて備蓄放出の準備を指示した。 言説面では、トランプ大統領がCBSに対し「戦争はほぼ完了」「予定より早い」と語り、ホルムズ海峡の接収を示唆した。原油は日中の高値から25ドル以上下落した。口先介入は荒削りだが効果的だった。長期金利にとって最も危険な瞬間に、原油の勢いを折ったのだ。 金利面では、10年債が月曜に4.21%をつけた後に反落。30年固定住宅ローン金利——ベッセントにとっての真の標的——は3月6日までの1週間で5.99%から6.14%に上昇していた。1月のJGB危機で脅威となった長短金利差の拡大(ベアスティープニング)が再発。30年債利回りは4.77%と、2024年4月以来の水準に達した。FRBの利下げが始まる前に戻った計算だ。 これらの手段はすべて代償を伴う。ロシア石油の制裁解除はモスクワに対する外交圧力を弱める。SPR放出は戦略的な備えを削る。タンカー保険は商業リスクへの公的資金投入にほかならない。海峡接収の示唆は、イランがその言葉を試した場合にエスカレーションを余儀なくされる。口先介入は一度は効いた。二度目も効くかは定かでない。 円の安全通貨神話が崩れた リスク回避の局面で、円は強くなるはずだった。逆のことが起きた。 ドル円は危機の間に153円台から159.14円まで円安が進んだ。株が下がり原油が上がるすべての取引日で、円は売られた。「世界的なショック→資金が安全資産へ→円高」という教科書的な筋書きが機能しなかったのは、日本がエネルギーをほぼ全量輸入しているからだ。日本の石油の約95%は中東産であり、約70%がホルムズ海峡を通過する。 原油が急騰すると、日本の輸入業者は価格に関係なくドルを買わざるを得ない。この実需のドル買いが、円に対する安全資産としての買いを圧倒した。円は危機にもかかわらず弱くなったのではない。危機だからこそ弱くなった。 一時的な異常ではない。日本のエネルギー依存構造に根ざした特性だ。ペルシャ湾発の原油急騰が将来起きれば、同じ現象が繰り返される。教科書が「円高」と予測するまさにその瞬間に、円は安くなる。 ベッセントにとっては不都合な循環だ。11月の中間選挙までに円高が必要である。だが彼が形作った——少なくともその政策が一因となった——危機が、円を逆方向に押した。ドル円159円は、153円より政治的に悪い。「円の適正水準は120〜130円」と発言した片山金融相も、同じ画面を見ていた。 キャリートレード:ストレス下にあるが、巻き戻しではない 危機の間、SNSには「世界的なマージンコール」「数兆ドルの巻き戻し」という主張が飛び交った。データは異なることを示していた。 円のベーシススワップは−74bpから−18bpに改善した。FRBの翌日物レポは90億ドル。レポ市場に逼迫なし、資金調達の混乱なし、金融の配管に強制清算の形跡なし。株式の売りは苛烈だった——日経平均は月曜に2,892ポイント下落——が、金融システムの管は持ちこたえた。 本格的なキャリーの巻き戻しには円高が必要だ。円の上昇がレバレッジをかけたポジションのカバーを強制し、連鎖的な解消を引き起こす。だが今回、円は弱くなっていた。キャリートレードは時価評価上の損失が膨らんでいたという意味でストレス下にあったが、構造的なポジション——BISの推計で直接的なエクスポージャーが2,610億ドル、デリバティブを含めると4兆ドル超——の85〜97%は無傷だった。 つまりキャリートレードは依然としてリスクとして残っている。ポジションは解消されていない。巻き戻しの真の引き金である持続的な円高を待っている状態だ。ベッセントが望むもの——意味のある円高——が実現したとき、巻き戻しは現実のものになる。イラン危機は、本番の幕が上がらなかったリハーサルだった。 制約条件は狭くなった ベッセントの枠組みを骨まで削れば単純だ。米10年債利回り→30年住宅ローン金利→住宅取得能力→有権者の実感→2026年11月の中間選挙。 イラン危機前、10年債は4.07%前後で推移していた。月曜に4.21%を一時突破し、4.13%に戻った。封じ込められた。だが「封じ込めた」と「解決した」は同義ではない。 市場は現在、年内のFRB利下げを25bpの1回のみ(9月が有力)と見込む。1週間前は2回だった。90ドル超の原油はインフレ期待を直接押し上げ、FRBの緩和余地を狭める。ホルムズ海峡の実質閉鎖が数日ではなく数週間続けば、原油は高止まりし、物価上昇圧力が持続し、ベッセントが住宅ローン金利を下げるために必要な利下げは延期か中止に追い込まれる。 先物カーブが状況を映している。2027年・2028年受渡しのブレント先物は60ドル台後半。市場は90ドル超が一時的な現象だと見ている。だがベッセントに必要なのは、市場がいずれ正しくなることではない。9月までに住宅ローン金利が下がっていること——有権者が11月の投票行動を固め始める時期だ。 原油が90ドル超にとどまる1週間は、FRBが利下げできない1週間であり、30年住宅ローン金利が6%超に張りつく1週間であり、政権の経済運営に対する支持率——有権者の3分の2が「不十分」と回答している——がさらに悪化する1週間だ。 この先 危機は終結に向かって圧縮されている。トランプは戦争がほぼ終わったと示唆した。プーチンは1時間の電話会談で迅速な解決を提案した。仏中露がイランへの停戦仲介に動いた。イラン軍の能力は大幅に低下している。海軍は壊滅、ミサイル在庫は推定90%減少、海峡閉鎖を維持するための軍事的手段は日を追うごとに縮小している。 楽観的な展開が実現すれば——海峡が数日内に再開し、原油が70ドル台に回帰し、数週間で合意の枠組みが浮上する——ベッセントの当初の構想は生き残る。前回の記事で書いた石油供給の選択肢が現実になる。イラン原油が市場に戻り、地政学的なリスクプレミアムが剥落し、FRBが利下げに動き、金利が下がり、住宅ローン金利が低下し、円は日銀の積極的な引き締めなしに自然と強含む。 だがその時間軸は保証されていない。そして二度目のショックに対応できる手段は少ない。ロシア石油のカードは切った。SPRには手をつけた。口先介入は使った。キャリートレードはストレスを受けたが巻き戻されておらず、潜在的なリスクはそのまま残っている。 ベッセントは防衛線を守った。だが線は細くなった。4.13%と、彼の枠組みが瓦解する水準との距離は、もはやパーセントではなくベーシスポイントで測る世界だ。 日本株を見ている投資家にとって 日銀は3月18〜19日に金融政策決定会合を開く。0.75%据え置きが大方の予想だが、声明文の言葉遣いがシグナルになる。「エネルギー市場の影響を注視する」であればオイルショックが利上げ猶予を買ったことを意味し、「賃金に主導された基調的な物価動態に変わりはない」であれば4月利上げがなお選択肢に残っていることを示す。 連合の春闘賃上げ要求は5.94%。数十年ぶりの強さだ。実質賃金は13ヶ月ぶりにプラスに転じた。正常化を支える国内要因は弱まっていない。変わったのは外部環境であり、日銀がホルムズ危機を一時的な供給途絶と見るか構造的な物価環境の変化と見るかが、年内の利上げペースを左右する。 日本株にとって、この2週間の値動きは示唆に富む。日経平均は月曜に5.2%下落し、火曜に原油が反落すると2.88%反発した。市場は企業のファンダメンタルズではなく原油をトレードしている。オイルショックが収束すれば——先物カーブはそれを示唆している——最初のミサイルが発射される前から存在していた構造的な追い風はそのまま残る。企業統治改革、金利正常化による銀行・生保のマージン拡大、過去最高の株主還元、そして修正余地のある海外機関投資家のアンダーウェイト。 追い風が予定通り届くか、遅れるか。その答えは日銀だけでなく、ベッセントにもかかっている。 — 玉露

2026年3月10日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)