脱がない殻:高市財政と日本版DOGE、39年半ぶりの円安 NEW

ロブスターは不老不死だと言われることがある。歳をとっても体力も繁殖力も落ちず、老化の兆候をほとんど示さない。テロメラーゼという酵素を出し続け、細胞は歳をとらないかのように分裂する(Smithsonian)。だが不老と不死は違う。ロブスターは死ぬ。しかも老衰ではなく、成長の仕組みそのものによって死ぬ。ロブスターは古い殻を丸ごと脱ぎ捨てる脱皮でしか大きくなれない。体が大きくなるほど、脱皮に要するエネルギーは指数的に増える。老齢個体は毎年10〜15%が脱皮の失敗で死に、やがて省エネのために脱皮そのものをやめる(Smithsonian/メーン州海洋資源局)。すると残った古い殻が摩耗し、細菌が入り、瘢痕(はんこん)組織が体を殻に貼りつける。脱げなくなった殻の中で、動物は朽ちる。脱がなかったから死ぬのであって、寿命が来たから死ぬのではない。 市場は日本を、この不老不死のロブスターのように値付けしている。大きく、古く、潰れない。だから海外勢は日本企業の改革や脱デフレ、積極財政を買う。2025年に発足した高市政権は、まさにその脱皮として売られている。緊縮からの決別、新しい財政のかたち。だが財政と家計の殻に手をかけた形跡を探すと、見当たらない。 新しいのは挙動ではない。値札のほうだ。フィスカルドラッグと社会保険料で家計から静かに取り、恒久的な減税は避ける。これは高市政権の発明ではなく、何十年も続いてきた自民党財政の地金である。市場が「積極財政・脱緊縮」のブランドとして買っているものは、挙動で見れば従来と変わらない。変わったのは、その挙動を取り巻く制約だ。ゼロ金利の時代、この「取って返さない」やり方はコストが見えなかった。実質金利はマイナス、国債は日銀が吸収し、国債費は無視できた。いまは違う。政策金利は0.75%、10年債利回りは1月に一時2.125%と1999年2月以来およそ27年ぶりの高水準をつけ(日本経済新聞)、国債費は2026年度で31.3兆円に達し、財務省の後年度試算では2029年度に41.3兆円へ膨らみ、国の予算の社会保障関係費を初めて上回る見通しだ(日本経済新聞)。同じ脱皮拒否に、以前はなかった値札がつき始めている。 その値札がいちばん目に見える形で出るのが、円だ。2026年4月30日夕、円は一時155円台まで急伸した。片山さつき財務相と三村淳財務官の牽制を伴う円買い介入とみられる動きで、160円台後半から一気に戻したのである(野村證券)。介入は効いた。だが7月1日、円は再び162円80銭台、1986年12月以来およそ39年半ぶりの安値をつけた(日本経済新聞)。 水準そのものは、多分に米国側の事情である。米国のインフレ再燃とFRBの利上げ観測がドル買いを招いていると日経も報じている(日本経済新聞)。円安の水準を作っているのは日米金利差であって、日本の財政ではない。 だが、介入が効いても続かない理由は日本側にある。新NISAを通じた家計の国外へのネット買付は年0.7〜3.9兆円と試算され、2027年にかけてドル円を1〜6円弱押し下げるとされる(日本総研)。これは金利差に反応する投機ではなく、制度に組み込まれた実需の円売りで、日米金利差が縮んでも続く。国内で実質リターンを取れない家計が、外に出ているのだ。国際収支の構造そのものが円安に傾いていると三井住友DSアセットマネジメントも指摘する(三井住友DSアセットマネジメント)。だから4月の介入は円を155円まで戻したが、2か月で162円まで押し戻された。投機筋の円ネットショートも、直近7月7日時点で12万3778枚と、4月の介入前を上回る高水準にある(米商品先物取引委員会(CFTC)建玉報告 2026年7月7日週)。片山財務相とベッセント米財務長官のオンライン会談も報じられ、市場の介入警戒を一段と強めた(三井住友DSアセットマネジメント)。両者のやり取りの意味は別に書いた。 円のショートが踏み上げられた局面も、以前書いた。あれは循環の話だった。過密なショートが、きっかけ一つで踏み上がる。今回は構造の話だ。循環的な踏み上げがあっても、税・社保・実質金利のレジーム、すなわち家計から取り続け実質リターンを与えない仕組みが、円を軟らかいままに戻す。水準は米側が決め、戻りにくさと下方への粘りは日本側が決める。介入は循環に効き、構造には効かない。 円が構造で軟らかいなら、その円で暮らす家計の購買力はどうか。表向きの数字は明るい。実質賃金は2026年4月に前年比+1.9%、4か月連続のプラスとなった(厚生労働省 毎月勤労統計 令和8年4月分速報)。2025年は12か月連続でマイナスだったから、転換に見える。5月速報も+1.4%でプラスは5か月に伸びた(厚生労働省 毎月勤労統計 令和8年5月分速報)。 だが理由を分解すると、転換は政策で作られたものだと分かる。4月の消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)の上昇率は1.5%。押し下げたのはエネルギーで、ガソリンは政府の補助と旧暫定税率の廃止で9.7%下がり、高校就学支援金の拡充で教育も6.1%下がった(日本経済新聞、総務省CPIより)。名目賃金が物価を上回ったというより、政府が物価の一部を政策で抑えた結果である。第一生命経済研究所は、原油高が再燃すれば秋以降に実質賃金が下振れするリスクを指摘する(第一生命経済研究所)。補助金は予算措置であり、暫定税率の廃止は一度きりの水準変化にすぎず、翌年には剥落する。政策で作った実質賃金のプラスは、政策を止めれば消える。これは脱皮ではない。殻の外側を磨いて、光って見せているだけだ。 ここで最も鋭い異論は、こうだ。名目の賃上げがこのまま自走し、政策の支えなしに実質賃金が上がり続ければ、それは殻を脱ぐ動きになる、と。もっともな指摘だ。だが自走の証拠は、いまのところ政策が作った物価抑制の下に隠れて見えない。それが見えたときは、この記事の負けだ。 恒久的な手段は、避けられている。食料品の消費税ゼロは2年限定、対象は食料品のみ、特例公債を発行しない範囲に設計された。高市早苗首相自身が、2年限定なら赤字国債なしで税外収入と租税特別措置の見直しで賄えると説明している(時事通信)。基礎控除の178万円への引き上げも、住民税と課税ブラケットには手をつけていない。第一生命はこれを「ブラケット・クリープ対策として不十分」と評した(第一生命経済研究所)。可逆的な支えは厚く、恒久的な減税は薄く、遅く、限定的に。取る側は骨格で、返す側は素振りである。 返す側が素振りなのに対し、取る側は自動で増え続ける。社会保障給付費は2000年度の78.4兆円から2025年度の140.7兆円へ膨らみ、被保険者の保険料負担は29.9兆円から43.5兆円へおよそ1.5倍になった(第一生命経済研究所)。金額の膨張は労働者数や賃金にも左右されるが、料率で見ても負担は上がっている。介護保険料率は制度創設時の0.6%から2023年に1.82%へと3倍になり、過去最高を更新した(協会けんぽ 介護保険料率)。勤め先収入に対する税・社会保険料の負担率も、長期に上昇を続けている(第一生命経済研究所)。名目賃金がいくら上がっても、手取りから引かれる比率が上がれば、実質可処分所得は削られる。 なぜ恒久的に返さないのか。透明な減税は、二つの代償のどちらかを伴う。歳入の恒久的な減少を受け入れるか、減税を国債で賄って市場に財政の持続性を問われるかだ。どちらも、いま利益を得ている側に清算を迫る。守られているのは高齢の資産保有層である。年金は物価にスライドし、価格抑制が生活コストを抑え、実質金利のマイナスが貯蓄の目減りを緩め、資産価格を支える。負担を飲むのは若年・現役世帯で、フィスカルドラッグ(名目所得が上がると税・社会保険料の負担が自動的に重くなる現象)と輸入インフレがそこに乗る。この配分がどういう意図で選ばれたかは断定しない。だが、恒久減税も実質金利の上昇も高齢の中位投票者が嫌う清算を伴い、可逆的な支えと抑圧された金利がその清算を先送りする、という結果は動かない。世代間の取り決めが、変わらなさの床になっている。 変わらなさの床は、投票者の側だけにあるのではない。政策を作る側にもある。租税特別措置も補助金も基金も、いったん作られると消えない。それぞれに担当部局と予算項目と受益者がつき、廃止はどこかの部局の所掌を削る。自ら縮む部局はない。 それが露わになったのが、日本版DOGEの最初の一巡だ。2025年11月に内閣官房へ置かれた租税特別措置・補助金見直し担当室は、財務省出身者を中心に約30人で構成される(JBpress)。本家アメリカが外部の実業家に率いられ人員削減や機関廃止に踏み込んだのに対し、日本版は見直す対象である各省庁が自らの租特と補助金を自主点検する仕組みで走った。結果は、13府省庁が2026年7月8日までに公表した約120項目のうち、廃止方針が明確に示されたのはわずか1件(NRI)。担当閣僚の片山財務相自身が、この結果は満足のいくものではないと認めている(NRI)。改革に外の力が要ると認めて作った組織を、中の人員と自主点検で動かした時点で、答えは出ていた。 世代間の取り決めと、自らを縮められない行政機構が、二重の床になって変わらなさを支える。歳入と歳出を同じ財務省が設計する構造については、別稿で扱う。 反論はある。減税を渋るのは財政規律であり、規律は通貨を支えるはずだ、と。だがこの政権は、歳入を確保しながら歳出も膨らませている。取った金は返さず、成長投資と危機管理投資に回す。財政インパルス(財政が景気に与える純粋な押し上げ・押し下げの力)は、引き締めではない。規律が本物なら、日銀は実質金利の上昇を許すはずだ。許していない。日銀は利上げを続けてもなお、現在の実質金利がきわめて低い水準にあるとの認識を崩していない(日本銀行 2026年1月 経済・物価情勢の展望)。渋りは規律ではなく、家計からの移転を市場に値付けさせないための仕組みである。円を支える規律と、この渋りは別物だ。 反対極も、出口を示していない。財務省への最も声高な批判は、リフレ派から来る。彼らは円安を成長の起爆剤と呼び、円安になれば税収が増えて財政は楽になると説く。事実として、その一部は正しい。円安は名目の税収と企業収益を押し上げる。だが、それは家計の実質所得を削った上に成り立つ。円安が財政を楽にするというのは、この記事が問題にしている機序そのものだ。逃がし弁が開いているから、政府は骨格に手をつけずに済む。そしてこの学派の論客の多くは、規制緩和や外国人雇用の拡大を掲げる団体や委員会に名を連ねている。通貨の安さも労働供給の拡大も、企業の側に立つ処方箋で、負担は家計と現役世帯に落ちる。財務省を撃つ声の立ち位置は、体制の外ではなく、企業と資産を守る側の内側にある。反対極は、出口ではなく、体制の延長だった。 突き放して見れば、誰かが衰退を選んだわけではない。各主体が対立を避けるよう最適化し、その総和として、最も抵抗の小さい経路が選ばれているだけだ。政権はブランドを守り、日銀は金利を抑え、高齢多数派は取り分を守る。誰も悪くない。だからこそ止まらない。そしてこの衰退は、指数には出ない。日経平均には出ない。海外勢が買っている日本企業の改革やガバナンスの進展は本物で、そこに賭けて「日本は終わり」と売り続けた向きは、長く焼かれてきた。衰退が出るのは、この体制が対立回避のために差し出してよいと考えている二つの変数、すなわち円と、家計の実質生活水準である。改革された日本と、軟らかいまま放置される日本。二つの日本については別に書いた。 投資家にとっての含意は、方向で言える。銘柄には触れない。焦点は内需だ。可逆的な支えが剥落し、社会保険料が積み上がり、実質金利がマイナスにとどまる限り、家計の実質購買力は名目の賃上げ報道が示すほど上向かない。減税で消費が戻るという見立ては、支えの可逆性を見落としている。小売、外食、生活必需といった国内家計消費に依存するセクターは、この構造的な逆風を織り込む必要がある。円安の恩恵を受ける外需・輸出側の話は、円安トレードとして手垢がついており、ここでは繰り返さない。セクターの具体的な方向づけは別稿に譲る。本稿はマクロの構造を論じたものであり、投資助言ではない。 最後に殻に戻る。ロブスターは運命で死ぬのではない。脱皮をやめたときにだけ死ぬ。だからこの記事は、反証できる。日本版DOGEの次の一巡が、最初とは違って租税特別措置を実際に削り、日銀が実質金利の上昇を許し、課税ブラケットと社会保険料に本当に手が入れば、殻は脱がれつつあり、ここに書いたことは間違いになる。そのどれかが起きるまで、立派な古い体は、脱がない殻の中に座っている。そして円が、その歪みを引き受ける。

2026年7月14日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)

三重苦の計算:ホルムズが閉じた日本で消費は伸びるか

エネルギーが高い。金利も上がる。原材料も上がる。この三つが同時に進行するなかで、個人消費が伸びる経路があるのか。ない。消費が伸びないなら何が日本の成長を支えるのか。それもない。 筆者はこれまで日本株に強気だった。賃金上昇、デフレ脱却、企業統治改革。その見立て自体を全面的に撤回するわけではない。だが「新しい日本」の物語が国内消費にまで及ぶという期待には、データが明確にNoと言っている。消費税と財務省の構造的問題については別稿で書いた。本稿ではマクロデータと企業業績への波及を追う。 エネルギーコストの現在地 4月1日、政府の電気・ガス代補助金が終了した。2022年から断続的に続いた補助は、累計で13.4兆円に達していた。その緩衝材がなくなる。 電力各社は液化天然ガス(LNG)調達コストの上昇分を小売料金に転嫁する。世帯あたりの電気代は月額1万5000円程度の上昇が見込まれている。ガソリンは政府がリッター170円に上限を設けたが、補助の原資は国債だ。政府債務はGDP比235%。財政で消費者を守る余力は限界に近い。 背景はホルムズ海峡の事実上の閉鎖だ。4月8日に停戦が合意されたが、翌9日時点でイランは依然として通航を制限している。日本の原油輸入の94.2%は中東から、うち73.7%がホルムズ海峡を経由する。ロシアからの調達を減らした結果、中東依存度はむしろ96%まで上昇していた。 高市首相は3月16日に戦略石油備蓄から8000万バレルを放出。備蓄は254日分から約230日分に減り、5月にも追加放出を検討している。補助は切れ、備蓄は減り、海峡は開かない。 金利が上がる 日銀は3月の金融政策決定会合で政策金利を0.75%に据え置いた。1995年以来の高水準だ。植田総裁は4月の利上げの可能性を排除しなかった。元日銀チーフエコノミストの関根敏隆氏も4月利上げを支持している。次の決定会合は4月27-28日。 日銀のロジック:原油高が消費者物価指数(CPI)を押し上げ、春闘の名目賃上げ率は連合第1次集計で5.26%、実質金利はなお大幅にマイナス、正常化の継続は正しい。 だがこのロジックには穴がある。原油高によるCPIの上昇は需要拡大ではなくコストプッシュだ。日銀は「賃金から物価への二次的効果がある以上、利上げは正当化される」と主張する。確かに賃金は上がっている。だがその5.26%の名目賃上げがCPI3%超と電気代の跳ね上がりに食われ、実質購買力が改善しない限り、二次的効果の議論は的を外している。供給ショックに利上げで対応すれば需要をさらに冷やす。2000年のゼロ金利解除、2006-07年の利上げ局面と構図は同じだ。しかも今回は供給ショックの原因が外生的で、悪化している。 原材料が足りない ホルムズ海峡は世界の尿素輸出の約30%、アンモニア輸出の20-30%が通過する。日本の石油化学産業の急所はナフサだ。アジアのナフサの60-70%がホルムズを経由し、日本と韓国の石化メーカーは数週間分の在庫しか持たない。複数の石化企業が減産を発表した。 日経によれば、燃料油やディーゼルの調達難は工場だけでなく銭湯にまで広がっている。日産とトヨタが減産に入った。製油所の稼働率は設計能力の67.7%まで落ちた。 4月13日にはTOTOがユニットバスとシステムバスの新規受注を停止した。天井や壁に使われるフィルム接着剤、コーティング剤に含まれる有機溶剤が不足しているためだ。有機溶剤の原料はナフサである。再開時期は未定。タカラスタンダード、リクシルも供給への懸念を表明し、TOTO株は一時8.8%下落した。風呂の接着剤が足りないから浴槽が売れない。サプライチェーンはそこまで具体的に壊れている。 実質賃金の計算 2025年の実質賃金は前年比マイナス1.3%。4年連続のマイナスだ。2026年1月にようやくプラスに転じたが、第一生命経済研究所の新家義貴氏は、原油が100ドルを超える水準で長期化すれば2026年度の実質賃金は再びマイナスに転落すると指摘していた。ブレント原油はすでに104ドル台をつけた。 春闘の名目賃上げ率は5%台。だがCPIが3%を超え、電気代が10-30%上がり、ナフサ由来の消費財価格が上昇するなかでは、実質可処分所得はフラットからマイナスだ。消費はGDPの約55%を占める。その消費が伸びないなら、輸出か設備投資で支えるしかないが、輸出は製造業のマージン圧縮、設備投資は日銀自身が認めるように人手不足と資材コスト上昇が足かせになっている。 G7で最も深い傷 三重苦はグローバルな現象だ。だが痛みの分配は均等ではない。ゴールドマン・サックスは原油110ドル前提で米GDP成長率見通しを0.3ポイント引き下げ、2.2%とした。年間6500億ドル規模のAI設備投資がGDP比2%の成長下支えとして機能する。FRBは少なくとも利上げはしていない。欧州はLNG供給途絶に苦しむが、2022年のロシア危機後にガス供給を分散させた経験がある。 日本だけが三つの条件を同時に満たしている。エネルギー輸入の集中度が先進国で最高、中央銀行が利上げ方向にあるのは日銀だけ、財政余力がGDP比235%の債務で最も乏しい。英エネルギー分析機関ゼロカーボン・アナリティクスのエネルギー供給途絶リスクスコアは日本が主要国中最高の6.4。韓国5.3、インド4.9、中国4.4。G7のなかで脆弱性が突出している。 企業業績の下方修正はこれからだ 2025年12月時点の市場コンセンサスを振り返る。ジャナス・ヘンダーソンはTOPIX構成企業について二桁の1株当たり利益(EPS)成長を予想。バンク・オブ・アメリカは年末のTOPIX3,700、日経平均55,500。大和はTOPIX3,750。いずれもホルムズ閉鎖を織り込んでいない。 日経平均は2月末の最高値から10%超下落し、テクニカルな調整局面に入った。だがここまでの下落はポジション解消と原油の恐怖が主因であり、アナリスト予想の本格的な切り下げはこれからだ。 ブルームバーグは4月12日、TOPIX500構成企業のうち直近1週間で113件の業績予想が下方修正されたと報じた。下方修正が上方修正を上回ったのは昨年7月以来だ。シティグループの業績修正指数(日本)は3月末に0.16まで低下。数週間前の0.42からの急落である。化学・素材セクターでは主要企業の約4割が業績見通しを下方修正した。 だがこれはまだ序章だ。化学・素材・運輸・自動車はエネルギーコストの直撃を受けて修正が始まったが、次の波は小売・外食・不動産だ。光熱費上昇がサービス業のマージンを圧迫する効果、円安の輸入コスト押し上げ、消費の三重苦から来る需要減退。これらは4月下旬から5月のガイダンスシーズンで初めて数字に表れる。 2008年のリーマン・ショック時、日本のGDPは年率12.1%のペースで縮小し、TOPIXは高値から61%下落した。今回は金融危機ではなくエネルギー危機だが、ダラス連銀の試算ではホルムズ閉鎖が3四半期続けば原油は132ドルに達する。その場合、TOPIX構成企業の二桁減益は現実的なシナリオだ。 ガイダンスシーズンに向けて 危機前のコンセンサスが二桁増益。実際に着地しそうなのは横ばいか一桁台前半。海峡が閉じたまま第2四半期に入れば減益もあり得る。市場の10%の調整は、危機前コンセンサスの二桁増益が横ばいに着地すると仮定した場合、想定されるEPS修正幅の3分の1程度しか織り込んでいない(筆者の試算)。残りはガイダンスシーズンで来る。 IMFの2026年成長率見通しは0.8%。エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)は海峡閉鎖が長期化すればGDP3%の縮小もあり得ると指摘した。仮に明日ホルムズが完全に開いたとしても、備蓄の消耗、サプライチェーンの断裂、補助金に投じた財政資金はもう戻らない。 エネルギーコスト、金利、原材料。三つとも上がっている。三つとも、ホルムズ海峡が開かない限り反転しない。日銀が利上げを撤回しても、エネルギーと原材料のコストが消費を圧迫し続ける。日銀が利上げを強行すれば、借入コストがさらに上乗せされる。この計算が変わるまで、日本株の下方修正リスクは続く。 海外投資家は日本の消費関連株に長年弱気だった。正しかった。「新しい日本」の物語のなかで、賃金上昇とインフレがようやく消費セクターにも追い風になるという期待が一部にあった。三重苦はその期待を潰すはずだ。金融株は利上げの恩恵を受けている。半導体装置や防衛は海外需要で回る。だが人口が毎年90万人ずつ減り、実質賃金が4年連続マイナスで、原油輸入の94%をホルムズ海峡に依存し、投入コストが上がり続ける国の消費で業績が決まる株を、ここで強気に転じる理由はどこにもない。 GDPの55%を占める個人消費は、日本株にとって壁のなかのカビのようなものだ。三重苦はカビの繁殖を加速させるかもしれない。だが仮にホルムズが明日開いたとしても、カビが消える見通しはない。壁紙を貼り替えても(補助金)、換気を良くしても(賃上げ)、湿気の原因(財務省、消費税、人口減少)を断たない限り、カビは戻ってくる。それが日本の消費セクターの現実だ。 消費が構造的に伸びない理由は三重苦だけではない。財務省と消費税の構造的問題についてはシュリンクフレーション国家で書いた。 — 玉露 本稿は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではない。投資判断は読者自身の責任で行われたい。

2026年4月14日 · 1 分 · 玉露 (Gyokuro)