2,500億ドルから4兆ドルのあいだに、幽霊が棲んでいる。

円キャリートレード(日本で安く借りて、利回りの高い通貨で運用する取引)をめぐり、2024年8月の巻き戻し以来、奇妙な論争が続いている。一方は「すでに死んだ」と言い、もう一方は「消えていない」と言う。どちらもデータを挙げる。どちらも自信に満ちている。だが双方が正しいことはありえない。ドル円が160円46銭をつけ、三村財務官が就任以来初めて「断固たる措置」に言及した局面で、この問いは学術的な関心事ではなくなった。

先物が見せるもの

目に見えるものから始める。CFTCの建玉報告は、シカゴ・マーカンタイル取引所における円先物の投機ポジションを集計している。3月のデータだけで一つの物語が読み取れる。3月初旬、投機筋のポジションはネットロングから-16,600枚のショートに転じた。翌週は-41,400枚。3月20日には-67,800枚。直近の3月27日時点では-62,800枚にやや縮小した。2週間足らずでショートは4倍以上に膨らんだ。売り建ては戻ったどころではない。加速している。

「キャリートレードは死んだ」という主張は、この数字に依拠する。2024年のピーク時、ネット・ショートは約18万枚に達していた。2026年2月初旬に-19,000枚まで縮小した動きは、撤退完了に見えた。日銀の利上げとスプレッド縮小を受けて、取引は18ヶ月かけて静かに消滅したかのようだった。

だが先物は、BISが2024年8月の事後検証で指摘したとおり、「氷山の一角」にすぎない。

先物が隠すもの

BISは2024年8月直前のキャリートレード残高を約40兆円(2,500億ドル)と推計した。その数字自体、「データの欠落により下方に偏っている」と注記がある。報告されたポジションから推計できる範囲だけで、店頭デリバティブやFXスワップ、仕組み商品の大半は含まれていない。

円と他通貨のFXスワップ市場は、想定元本で14兆ドルに達する。そのすべてがキャリーではない。輸出入業者の為替ヘッジ、生命保険会社の外貨資産に対する通貨リスク管理など、正当な実需も多い。だがBIS自身が、ヘッジと投機の境界は実務上あいまいだと警告している。米国債を無ヘッジで購入する日本の生命保険会社は、実質的にキャリートレードを行っている。3ヶ月ごとに円建てフォワードをロールオーバーする資産運用会社も、書類が違うだけで同じことをしている。

「キャリートレードは生きている」陣営の代表格がBCAリサーチだ。2月に「時限爆弾」と呼んだ。彼らの論点は明快で、2024年8月の巻き戻しが一掃したのはCFTCデータに現れるヘッジファンドやCTAの「速いカネ」であり、生保のポートフォリオ、企業財務のヘッジ、満期の長いデリバティブ構造といった「遅いカネ」は手つかずのまま残っているという見立てだ。

この広義のエクスポージャーは推計1兆ドルから4兆ドル。正確な数字は誰にもわからない。BISもそう認めている。

なぜ今問題になるのか

3月27日、片山さつき財務大臣は記者団に対し「断固たる対応をとる」と述べた。3月30日、三村淳財務官はさらに踏み込んだ。「この状況が続けばそろそろ断固たる措置も必要になる」とし、「われわれの照準は全方位だ」と語った。三村氏が「断固たる措置」を使ったのは2024年7月末の財務官就任以来、初めてだ。財務省の段階的な言語エスカレーションにおいて、この表現は実弾介入の直前にあたる。

注目すべきは射程の広さだ。三村氏は投機的な動きが為替だけでなく原油先物市場でも高まっていると指摘し、政府が両市場を注視していることを示唆した。ブルームバーグの報道によると、財務省は国内主要銀行に対し、原油先物市場への介入の実現可能性について聞き取りを実施した。事実なら、日本の通貨防衛に新たな前線が開かれることになる。原油高が生む強制的なドル買いを為替市場で吸収するのではなく、その源泉を叩くという発想だ。

その2週間前には日韓が共同声明を出し、ウォンと円の急速な下落に懸念を表明した。2月下旬には日経アジアが、ワシントンは日本が要請すれば協調介入に応じる意向を示していると報じた。1月にはニューヨーク連銀がレートチェックを実施しており、この報道に信憑性を与える。米国の協力があれば計算は変わる。あおぞら銀行の諸我晃チーフマーケットストラテジストはロイターに対し、実弾介入に踏み切る場合は5円程度の値幅を狙うだろうと述べた。日本単独なら1円程度にとどまる。この差がまさに振幅の問題だ。

日銀は3月会合で政策金利を0.75%に据え置いたが、主な意見では中東情勢にもかかわらず利上げを主張する委員がいたことが明らかになった。

ドル円は東京午前の取引で160円46銭をつけた後、三村氏の発言を受けて160円を割り込んだ。日米10年金利差は205ベーシスポイントで、キャリー巻き戻しが加速するとされる200bpsの「危険水域」に接近している。

強制的な資金フローが逆方向に走っている。原油116ドル(ホルムズ海峡の混乱)が月あたり約9,000億円の追加ドル買いをエネルギー輸入業者に強い、円安圧力となる。反対に、3月31日の財政年度末リパトリは円を国内に引き戻す。MOF介入があればその力はさらに大きい。

キャリートレードが本当に消えていたなら、MOF介入と年度末リパトリの重なりで円は数百ピプス上昇し、市場は数ヶ月かけて介入前の水準に戻る。2022年の介入がたどった経路だ。

1兆ドルから4兆ドルのデリバティブ残高がまだ残っているなら、計算が変わる。介入でドル円が150円台半ばまで押し込まれれば、より高い水準で組成されロールオーバーされてきたポジションにマージンコールが発生しうる。マージンコールは追加の円買いを強い、円はさらに上昇し、次のマージンコールを呼ぶ。この自己増幅のループが、2024年8月5日を「悪い一日」から日経平均12%の暴落に変えたメカニズムだ。

二つのシナリオの違いは方向ではない。振幅だ。どちらも円高に終わる。一方は3%の動き。もう一方は10%に近い。

もう一つの見方

マクロ系トレーダーの一部は、米国市場に円キャリーはもう残っていない、2025年半ばまでにすべて巻き戻されたと主張している。根拠はCFTCのポジション動向、銀行の貸出データ、直近のリスクオフ局面におけるドル円の挙動だ。キャリー解消の兆候が出ていないと言う。

米国のヘッジファンドに限れば正しい可能性がある。先物データはこの主張を裏付ける。2026年3月のショート急増(ネットロングから2週間で-67,800枚へ)は、残存ポジションの維持というより新規の戦術的ベットに見える。

だがヘッジファンドは市場全体ではない。日本の生命保険会社は合計390兆円超の資産を運用し、そのかなりの部分を外貨建て証券に充てている。ブルームバーグが2025年3月時点で集計した大手9社のデータでは、外貨建て保有の46%しかヘッジされておらず、残りは為替変動にさらされたままだ。個人のFX証拠金取引(いわゆるミセス・ワタナベ)の建玉は2025年末時点で4.2兆円。欧州とアジアの機関投資家もシカゴ先物には現れない円建ての帳簿を抱えている。

2024年8月の巻き戻しは先物ポジションがきっかけだった。次の巻き戻しがあるとすれば、もっと緩慢で見えにくい変化が引き金になる。日本の金利上昇によって、為替リスクを負って海外に投資するより国内のほうが割が合う、その転換点だ。日銀が利上げを始めてから、その過程はすでに進行している。JGB利回りが1ベーシスポイント上がるたび、介入が一度行われるたびに、加速する。

わからないこと

不確実性を正直に並べる。

円建てファンディングの残高は正確にはわからない。BISが最良のデータを持っているが、不完全だと認めている。推計はオーダーが一桁違う。正確な数字を引用する者は推測している。

MOFの動くタイミングも読めない。三村氏の表現は最終段階に達しているが、原油先物市場への介入という新たな変数に前例はない。円安是正を目的に原油先物に介入することは、ドル売り為替介入とは運用上も政治上も異質であり、実際に規模を伴う介入が可能かどうか自体が未知数だ。

日銀の政策委員会が、国内インフレ抑制(利上げ)と外部ショック対応(据え置き)のどちらを優先するかも定まっていない。3月の主な意見は合意のなさを示している。だが植田総裁は30日の衆院予算委員会で「短期金利が適切に調整されずに物価が上振れる可能性があると市場が認識した場合には、長期金利も上振れるリスクがある」と述べた。利上げしなければ長期金利が暴れるというメッセージだ。10年債利回りは2.390%と1999年2月以来27年ぶりの高水準にあり、これは理論上の懸念ではない。

3月31日は明日だ。年度末リパトリは暦の上では確実だが、規模は読めない。企業と機関投資家が予想以上の円を国内に戻せば、三村氏の発言との収斂が急激な動きを生む。リパトリが期待外れなら円は160円台に定着し、MOFは外貨準備をドル売りに投じるか、前例のない原油先物介入に踏み切るかの判断を迫られる。

キャリートレードは幽霊かもしれない。だがリスクは非対称だ。幽霊が実在し、MOFが介入すれば、10%の円高が日本の外貨建てポジション(株式、JGB、クレジット)を数日で値洗いする。幽霊がいなければ、同じ介入で3%動いて2週間で元に戻る。

振幅の問いに答えが出るには数ヶ月かかるかもしれない。だが金利の問いには答えが出ている。植田総裁は3月30日の国会で、短期金利を引き上げなければ長期金利が不安定化するリスクがあると述べた。主な意見では原油が110ドルを超える状況でも利上げを主張する委員がいた。次の利上げが4月か7月かはともかく、方向はもはや議論の対象ではない。日本の金利は上がる。

この物語のなかで、幽霊の存否に左右されない変数はこれだけだ。そしてこの変数こそ、我々が当初から書いてきたセクターにとって最も重要な変数でもある。ゼロ金利のもとで30年間圧縮されてきた利鞘が、いま値付けし直されている。キャリートレードが決めるのは円の速度だ。金利サイクルが決めるのは、1ベーシスポイントごとに誰がより多く稼ぐかだ。


データは2026年3月30日10時30分JST時点。