3月25日、ドル円は158.9で引けた。片山さつき財務大臣は3月だけで3度、介入を示唆する発言を行った。国会での「断固たる措置」、19日の「いつでも万全の態勢」、24日の「あらゆる面で徹底対応」。三村淳財務官も「あらゆる手段をいつでも講じる」と呼応した。

財務省の口先介入には段階がある。「注視」から「投機的」へ、「あらゆる選択肢」から「断固たる措置」へ。1月にはニューヨーク連銀がドル円のレートチェックを実施した。口先の梯子はほぼ最上段だ。残るは実弾しかない。

にもかかわらず、介入は起きていない。なぜか。

予算が人質になっている

令和8年度当初予算は3月13日に衆議院を通過したが、与党が過半数を持たない参議院ではまだ決着がついていない。憲法第60条により、参議院が30日以内に議決しなければ衆議院の議決が優先される。自動成立は4月12〜13日頃となる。

片山氏は二つの顔を持つ。介入を発動する財務大臣と、122兆円の予算を通す財務大臣だ。予算審議が続くなかで為替市場に波乱を起こせば、野党は混乱を材料にするし、予算に協力が必要な少数会派も交渉を有利に進めようとする。

予算が片づかない限り、実弾は撃てない。4月11日が最初の解禁日となる。

ベッセントの了承が要る

介入を効かせるには米国の黙認が要る。2022年9月、日本は介入を先に実施して10月のワシントン会合で後始末をした。結果は日米間の摩擦だった。今回は順序が逆になるだろう。先に了承を取りつけ、後で動く。

4月16日にG20財務大臣会合がワシントンで開かれる。議長はベッセント米財務長官だ。同週にIMF・世銀春季総会とG7財務大臣会合も予定されている。片山氏がベッセント氏と向き合う場は4月16日前後に集中する。

下地は1月に敷かれた。片山氏は日米合意が介入を正当化すると公言し、「制約も制限もない」と明言した。片山・ベッセント共同声明は「一方的な円安」への懸念を共有した。だが2週間後のダボスで、ベッセント氏は「絶対に介入しない」と述べ、強いドルの方針を再確認した。1月の協調は月末には霧散した。

4月16日は仕切り直しの場になる。ベッセント氏はG20の優先課題に「過度なグローバル・インバランスへの理解深化」を掲げた。キャリートレードと為替を指す表現だ。双方とも議題にしたいが、双方とも公にはしたくない。

日銀が動くか否かで絵が変わる

4月27〜28日の日銀会合が三つ目の変数だ。3月会合では政策金利を0.75%に据え置いた。高田創委員は2会合連続で1.0%への利上げを主張し反対票を投じている。植田和男総裁はイラン紛争の影響が一時的であれば利上げの余地はあると示唆した。

4月に利上げがあれば円はファンダメンタルズで上昇し、介入の必要性は薄れる。据え置きなら円は160を試す展開になり、介入圧力が急速に高まる。

ウェリントン・マネジメントの分析は「日本が円安の根本要因に対処する用意を示さない限り、米国が介入を容認する公算は小さい」と指摘した。ベッセント氏が求めているのは利上げだ。介入はその処方箋が届くまでの時間稼ぎにすぎない。介入と利上げの組み合わせは相互補強的に効くが、日銀が動かないままの介入は構造的問題への絆創膏で終わる。

4月下旬に三つの条件が揃う

予算は4月11〜13日に自動成立する。片山氏は4月13〜18日にワシントンに滞在し、G20の場でベッセント氏と会う。帰京後最初の取引日が4月20日だ。ドル円が依然159〜160を試す水準にあれば、予算は済み、米国の了承は新しく、口先介入は使い果たしている。4月20〜24日が本命の窓となる。

4月27〜28日の日銀会合が予備の窓だ。据え置きなら円は急落し、片山氏はゴールデンウィークの薄商いに介入を撃ち込む。財務省は2024年4月29日にまさにゴールデンウィークの流動性の薄さを利用して介入した。年間で最も効率のよいタイミングだ。

起点は4月16日のワシントン。政治的な決断はそこで事実上下され、実弾はその1〜2週間後に放たれる。

介入は本当に可能なのか

ここで正直に反論を検討する必要がある。

ロイターの3月13日付分析は、介入のハードルが2022年や2024年より高いと論じた。足元の円安はキャリートレードの投機ではなく中東紛争に伴う有事のドル需要が主因だ。CFTCの円ネットショートは3月初旬時点で約16,575枚にとどまり、2024年7月に財務省が動いた時の18万枚とは桁違いに小さかった。投機的ポジションが薄ければ「投機的で一方的な動き」という介入の常套句が使いにくい。片山氏の周辺が「投機的」という修辞を意図的に避け、代わりに「国民生活への影響」に言及しているのはこのためだろう。

だがこの風景は3週間で一変した。3月20日のCFTCリリースではネットショートが-67,800枚に膨張した。3週間足らずで4倍。ロイターが「存在しない」とした投機的ポジションが急速に積み上がっている。今週土曜のCoTでさらに悪化が確認されれば、片山氏は封印してきた「投機的」の表現を使う根拠を手にする。反論の土台そのものが崩れつつある。

もう一つの論点がある。戦争が続く限り有事のドル買いが介入を吸収してしまうという指摘だ。原油高に起因する構造的なドル需要に逆らう介入は効果が限定的で、外貨準備を浪費するだけに終わりかねない。

この批判は正しい。だが的を射ていない可能性がある。

介入が教科書的に「効く」かどうかは、片山氏にとって本当の問いではないかもしれない。円安が食料品やガソリンの値上がりを通じて家計を直撃するなかで、何もしないと見られる財務大臣は政治的に持たない。2024年に財務省は4回の介入で約1,000億ドルを費やした。円安のトレンドは止まらなかった。だが時間を稼ぎ、政治的意思を示し、信認の危機を回避した面はある。

計算の軸は「これで円安は直るか」ではなく「何もしないでいられるか」だ。原油100ドル超、ドル円160。この組み合わせへの答えは否だろう。

前提が崩れる場合

4月11日より前に動く可能性もゼロではない。ブレント原油が持続的に110ドルを超えるか、ドル円が1日で162を突破する場合だ。エネルギー危機は予算政治に優先する。

逆に介入が不要になるシナリオもある。イラン停戦で原油が90ドル以下に下落すれば、円は自律的に持ち直す。日銀が臨時のシグナルを発すればキャリートレードは秩序立って巻き戻される。口先介入だけで十分だったことになる。

5月以降に先送りされると状況は悪化する。パウエルFRB議長の任期は5月15日に満了し、後任が決まらなければFRBの指導力に空白が生じる。不安定なドル市場への介入はリスクが高い。6月15〜17日のエビアンG7首脳会合は高市首相にとって初のG7であり、円が安定した状態で臨みたいはずだ。

潮汐表の読み方

以上は予測ではない。政治日程から介入が「可能になる」時期を読む試みだ。予算、ワシントン、日銀の三条件は4月下旬に収束する。口先介入の段階的強化も、外交的な布石も、過去の介入時の戦術も、同じ窓を指している。

4月16日のG20共同声明に「過度なインバランス」への言及があるか。片山・ベッセント二国間会談は実現するか。会合後の記者会見は何を語り、何を語らないか。

その先はゴールデンウィークの流動性を見ればよい。

潮汐表は波の高さを教えてくれない。だが船を出せる水深の時間帯なら分かる。


筆者はドル円および関連商品にポジションを持たない。本稿は政治日程の制約を分析するものであり、投資助言ではない。介入から米国債利回り・キャリートレードに至る波及経路については泳いで戻れないライフガードを参照。

本稿執筆時のドル円は158.9(2026年3月25日)。読者がこれを目にする時点で同水準かどうか自体が一つの情報だ。