3月25日、本ブログは片山さつき財務相が為替介入に踏み切れない理由を三つの政治的条件に整理した。予算、ワシントンの黙認、日銀の援護射撃。いずれも未達だった。ドル円は158.9。口先介入は3月だけで3度に達していたが、実弾はなかった。

2週間で状況は変わった。

予算が通った

122.3兆円の当初予算が4月7日、参議院を通過した。年度開始から6日後、11年ぶりの年度越え予算だ。予算委員会は可否同数となり、藤川委員長の決裁で可決された。

結果だけが残る。予算は成立した。片山氏は野党に介入を取引材料にされることなく動ける。介入を予算審議と引き換えにされるリスクは消えた。

同日夜の記者会見で高市首相は「あらゆる必要な措置を躊躇なく講じる」と述べ、令和8年度予備費の活用にも言及した。財政の弾倉は装填された。

ワシントンが黙認する環境

2025年9月の片山・ベッセント共同声明は「過度な変動や無秩序な動き」への介入を認める枠組みだ。片山氏は11月、12月、1月、3月と繰り返しこの声明を引き、日本には「フリーハンドがある」と強調してきた。

変わったのはベッセント側の事情だ。4月8日に公表されたFOMC議事要旨はハト派に傾いた。複数の政策当局者が2026年後半の利下げに言及し、ドルは年初来の上昇分を吐き出した。ドル指数(DXY)は99.0。ドル安局面は、ワシントンが円買い介入に異を唱える可能性が最も低い環境だ。イラン危機を管理し原油高の波及と格闘するベッセントにとって、日本がドル売りを一部肩代わりしてくれるなら拒む理由はない。

1月のレートチェック(ニューヨーク連銀がディーラーにドル円の水準を照会したと広く報じられた)は、介入インフラが生きていることを確認した。実弾を保証するものではないが、言葉と行動の距離は縮まっている。

日銀が動くかどうか

3月会合は据え置き。8対1で高田創委員が1.0%への利上げを主張して反対した。以降、データはタカ派に傾いている。

東短ICAPのOIS(翌日物金利スワップ、市場が織り込む将来の政策金利水準を示す)によれば、4月28日の利上げ確率は58%で、10月までに累計1回強の追加利上げを織り込む。Bloomberg調査では約70%。元日銀理事の貝塚氏、元チーフエコノミストの関根氏がいずれも4月利上げに前向きな見解を示した。植田総裁は9日の国会答弁で、実質金利が「明確にマイナス」であり緩和的な環境は「維持されている」と述べた。中立からの距離を強調する言い回しであり、据え置きを示唆するものではない。

1.0%への利上げは日米政策金利差を275ベーシスポイント(bp)から250bpに縮める。10年債利回りのスプレッドは既に190bpと、キャリートレード(低金利の円で借りて高金利のドル資産に投資する取引)の巻き戻しが始まる200bpの水準を割り込んだ。JGB利回りの上昇(調達コスト増)と米国債利回りの低下(キャリー収益減)が同時に進行している。9日のJGB10年は+4.0σ。入札不調ではなく利上げ織り込みの加速が引き起こした速度だ。同日の5年債入札は応札倍率3.58と需要を確認した。

4月28日に利上げがあれば、片山氏は三つ目の条件を手にする。据え置きのまま介入するよりも、利上げ直後の介入は遥かに説得力がある。市場は「政策の方向性が揃った」と読む。2024年7月の介入が奏功した一因は、日銀の引き締め期待と同時進行だったことにある。同じ手順は今も使える。利上げ単体で円高に振れる可能性もある。12月の利上げと1月のレートチェックはドル円を152まで押し下げた。今回はFOMCがスプレッドのもう一方の脚を緩めている。介入はドルが協力しない場合の保険だ。ホルムズが閉じたまま原油が再び跳ね、ドルが安全資産需要で強含む局面で初めて必要になる。

片山氏の三条件は介入の予告ではない。介入が可能になる条件の地図だ。

成立しなかった停戦

条件が揃っても、円が自力で上昇していれば介入の必要は薄い。だが現実はそうなっていない。

トランプ大統領が4月7日に発表したイランとの2週間の停戦は、2020年4月以来の原油急落を引き起こした。翌朝には崩壊が始まった。イスラエルがレバノンを攻撃し、イスラム革命防衛隊(IRGC)はホルムズ海峡の通航を停止したと主張。ヒズボラはイスラエルにロケット弾を撃ち込んだ。9日時点でペルシャ湾には400隻以上のタンカーが足止めされたままだ。原油は98ドルに戻った。

市場は見出しを買った。だが日本の原油輸入の9割超は中東経由であり、ホルムズ海峡は事実上閉鎖されている。高市首相が記者会見で説明した代替調達は、5月時点で通常の半分程度にとどまる。円安圧力はエネルギー要因であり、投機とは無関係だ。

実体経済にも表れている。内閣府の景気ウォッチャー調査3月分(4月8日公表)は現状判断DIが42.2と前月の48.9から6.7ポイント急落し、49カ月ぶりの低水準に沈んだ。市場予想の48.0を大きく下回る。先行き判断DIは38.7と50.0から急落、2020年12月以来の低さだ。

景気ウォッチャー DI、2025年9月–2026年3月

50を下回れば景況感の悪化を示す。42は、原油ショックが債券市場の抽象的な数字ではなく家計の現実になったことを意味する。この現実が片山氏に欠けていたものを与える。政治的な正当性だ。ガソリン価格と食料品価格で円安の痛みを肌で感じている世論がある以上、円高方向の介入は説明しやすい。同時にこのデータは日銀の判断を複雑にする。原油高はインフレ要因として利上げを正当化するが、消費者心理の崩壊は成長見通しを曇らせる。4月28日にどちらのレンズを適用するかが、片山氏の三つ目の条件を左右する。

収斂する窓

3週間のうちに三つの触媒が集中する。

原油由来の円安はファンダメンタルズ要因であり投機ではない。片山・ベッセント共同声明の文言上、介入の正当化は容易ではない。だが4月11日の米商品先物取引委員会(CFTC)建玉報告で停戦週のポジション動向が判明する。レバレッジドファンドの円ショートは軽い。停戦が崩壊しドル円が160に向かえば投機的ポジションが再構築され、動きの速度が片山氏に「無秩序かつ過度」の根拠を与える。

イラン制裁の適用除外は4月19日に期限を迎える。ベッセントはこれまで延長を繰り返して原油価格の急騰を防いできたが、ホルムズが閉じたまま失効すればブレントは100ドルを大きく超える。

日銀の会合は4月27-28日。利上げと介入が同じ週に重なれば、キャリートレードは三方向から圧迫される。日本の金利上昇、米国の金利低下、そして約118兆円の外貨資産からの直接的な円買いだ。2024年の介入では4月から7月にかけて9.8兆円が投入され、7月の介入後3週間でドル円は162から149まで下落、9月半ばには142に達した。外貨準備は当時より厚い。政治的条件は少なくとも同等だ。

日銀が地政学リスクを理由に見送れば、三つ目の条件は閉じたままだ。だが片山氏の就任以来、三条件が同時に揃いうるのは初めてであり、キャリートレーダーのリスク・リターンは条件の成否にかかわらず悪化している。日米10年債スプレッドの190bpへの縮小は既にキャリー収益を侵食しており、利上げがあればさらに圧縮される。介入が入ればストップロスと強制カバーが連鎖するが、円ショートの積み上がりは2024年ほどではない。余地がある分だけ、動き出せば長く走る。

問題はどこで止まるかだ。3月短観で企業が想定する2026年度上期のドル円は150円。トヨタの前提(11月時点)は146円で、1円の円高が年間約500億円の営業利益を削る。159円から150-155円への修正(3-5%の動き)は関係者全員が許容できる範囲だ。輸入コストは下がり、輸出企業の業績修正は発生せず、財務省は手を引く理由を得る。だが145円を割り込むと計算が逆転する。自動車、電機、機械の業績下方修正が連鎖し、日経平均はリプライシングされ、経済を安定させるはずだった介入が経済を揺るがし始める。

介入の引き金は160円。着地点は150円前後。142円まで行けば、薬が毒になる。株式投資家にとっては、制御されたかたちでの円高修正が最善の結果だ。170円への暴走が緊急引き締めを迫り、内需を潰すリスクを除去できる。代償は輸出企業の一時的な業績悪化だが、短観の想定はそれを既に織り込んでいる。

注目すべき日付は4月28日。片山氏が動くなら、日銀の決定の前後であり、それ以前ではない。予算の条件は開いた。ワシントンの条件は半開きだ。日銀の条件が、片山氏が門をくぐるかどうかを決める。ドル円は160まで70銭。このペースなら、片山氏が決断する必要はないかもしれない。市場が代わりに決めてくれる。